南アルプスの自然保護制度とリニア計画 

  ●南アルプスの自然保護地域

左は現在の南アルプスにおける自然保護地域です。

 日本を代表する山岳として有名な南アルプスですが、国立公園によって保護されている地域は意外と狭く、山梨県側を除くと稜線の一部地域だけに限られています。

 国立公園の指定からもれた地域を補完するように、周辺には県立公園として県立南アルプス巨摩自然公園(山梨)、奥大井県立自然公園(静岡:地図)が設けられていますが、面積的にはあまりカバーされていません。また山梨県側には、県条例により、自然環境や景観が保全されるべき地域として早川渓谷景観保存地区保川渓谷景観保存地区、笊ケ岳自然保存地区などの自然環境保全地区が設置されています。

 当初、地元としては観光・登山客誘致を目的として国立公園の指定を求め、県立公園が設けられたようですが、その自然環境は想像以上に貴重であることが次第に知られるようになり、中でも静岡県の大井川支流寸又(すまた)川源流部は、日本の自然保護制度上で最も厳重な環境保全の図られる原生自然環境保全地域に指定されました(大井川源流部原生自然環境保全地域)。指定地域は本州でただ一ヶ所、全国でも5ヶ所だけですが、古来より伐採や開発が行われていないという貴重な場所です。

 なお、この原生自然環境保全地域周辺の国有林は、林野庁によって南アルプス南部光岳森林生態系保護地域という保護地域に指定され、また長野県側の森林地帯は広い範囲が同じく林野庁によって特定植物群落として指定され、保護対象となっています(通達に基づくものであり法的拘束力は不明)。

 
環境省のHPより転載

●自然保護区域との関係
@自然公園法(南アルプス国立公園)

 左は南アルプス国立公園の範囲を示した地図です。中央を東西に横切る緑の線がリニア中央新幹線建設の予定ルートです。

 南アルプストンネルは、国立公園に指定された地域をトンネルで通過します。このため地上で改変を行うことはありません。しかし自然公園法第二十条により、トンネル工事に該当する「工作物を新築し、改築し、又は増築すること」「鉱物を掘採し、又は土石を採取すること。」については環境大臣の許可を受ける必要があります。
A山梨県立自然公園条例 (県立南アルプス巨摩自然公園
 山梨県側に計画されている南巨摩第四トンネルは、県立南アルプス巨摩自然公園(第三種特別地域)を通過します。

 山梨県立自然公園条例では、特別地域内で「工作物を新築し、改築し、又は増築すること」「土石を採取すること」「河川、湖沼等の水位又は水量に増減を及ぼさせること。」には知事の許可が必要とされています。
JR東海は、トンネル工事により自然公園区域内を流れる大柳川の流量が減少すると予測していますが、その結果が認可手続きでどのように扱われるのかは分かりません。
 
 また山梨県により、早川町北部と南アルプス市とを結ぶ道路整備計画が進められています(早川芦安連絡道路)が、リニア工事による発生土を盛土材料に利用したり、事業費の大半をJR東海が負担することになっています。この道路整備では同公園第2種・第3種特別地域内で大規模な工事が行われますが、環境アセスメントは行われておらず、詳しい協議内容も分かりません。

B早川渓谷景観保存地区 (山梨県自然環境保全条例) 
山梨県で早川を橋梁で通過する部分は、山梨県自然環境保全条例に基づき、早川渓谷景観保存地区に指定されています。条例により工作物の規模等に規制がかかっていますが、どのように整合性をとるのか不明です(2019年1月末時点で、この区間の工事契約はまだ)。

C静岡県立自然公園条例 (奥大井県立自然公園
現在(2019年2月)のところ、静岡県内での発生土置場として、大井川沿いの7地点が候補地となっており、そのうち4候補地内には奥大井県立自然公園第3種特別地域に指定された土地が含まれています。したがって特別地域内で改変して盛土する場合、静岡県立自然公園条例に基づき県知事の許可を得る櫃よがあります。

●国立公園拡張構想とリニア構想 

 終戦後の昭和20年代後半。全国各地で風光明媚な地を国立公園に指定し、観光客を呼び込もうという動きが巻き起こりました。その流れの中で、主として長野県側から南アルプスを国立公園に指定しようという運動がおき、紆余曲折を経て1964(昭和39)年、南アルプス国立公園が成立しました。ただ、国立公園に指定された範囲は、ほぼ稜線部分の高山帯に限られています。それは国立公園が設置された昭和30年代、国内の森林伐採が最も盛んであった時代に、山麓で行われていた林業との調整ができなかったためだとされています(南アルプス国立公園連絡協議会 編(1964)「南アルプス国立公園誌」より)。

 国立公園すなわち保護地域が狭かったこともあり、山麓では水力発電所が多数設けられ、伐採のための林道も奥へと延ばされてゆきました。特に1970年代後半に山梨・長野県境の北沢峠を越えて造られた南アルプススーパー林道は、大規模な自然破壊を引き起こして大きな社会問題にまで発展しました。また南アルプスから流出する大井川や天竜川の中流部には巨大なダムがいくつも設けられ、河川環境は大きく悪化することを余儀なくされています。

 こうして全国各地の山岳地域と同様、南アルプスも開発と保護とが拮抗してきましたが、それでもなお、人工的な改変の少ない地域が広く残されているといえます。

 そして21世紀になり、自然保護に対する姿勢も節目を迎えました。

 国立公園制度は従来、美しい風景を残すことを目的として設立され、保養・観光的要素の強いものでした。しかし近年、自然環境に対する認識が変化してきたことにともない、国立公園にも生態系の保全が重要な目的として求められるようになってきました。そのため2002年には、国立公園制度を扱う自然公園法が改正され、その旨が明記されるようになりました。

自然公園法 第一条 この法律は、優れた自然の風景地を保護するとともに、その利用の増進を図ることにより、国民の保健、休養及び教化に資するとともに、生物の多様性の確保 に寄与することを目的とする。】

 そして良好な生態系を保全するためには、里山から高山帯、山から海まで、多種多様な環境を含む広範な地域の保全が重要であることが認識されるようになってきました。また、2004年以降、国際的な公約として国内の自然保護地域を拡大する方針が打ち出され、環境省により、既存の国立公園区域が生態系保全のために適当であるかどうかを点検する作業が行われました(国立・国定公園総点検事業)。


 その結果として、2010年10月4日に出された、南アルプス国立公園周辺地域に対する見解が次の通りです。

 日本列島の形成過程を反映して形成された雄大な山脈に加えて、氷河期に形成された地形が存在し、傑出した地形地質を有している。これらの地形地質や歴史を反映して、植物や高山蝶等に多くの固有種・遺存種がみられるほか、南方系と北方系の植物が混在することから植物相が多様である。また、自然性が高くまとまりがある国内最大規模の夏緑樹林と、照葉樹林帯から高山帯までの顕著な垂直分布がみられる。これらのことから、現在の国立公園区域と同等の資質を有する一体性のある地域である。 

 このような視点をもって、南アルプス周辺地域の生物多様性が良好であるという判断がなされました。ところが生物多様性の保全上重要な地域が法律でカバーされていないことから、2010年10月4日に、南アルプス国立の範囲を大規模に拡張すべきであるとの方針が出されました。  

 南アルプス国立公園が発足したのは1964(昭和39)年ですが、それから半世紀を経て、ようやく法的な保護の手が差し伸べられる可能性が出てきました。

 ところが。

 リニア中央新幹線建設の是非を問う(はずの)国土交通省中央新幹線小委員会は、この国立・国定公園総点検事業と同時期に行われ、「南アルプスルートでの建設が望ましい」とする答申は、環境省によって南アルプス国立公園区域の拡張が決まった後に出されました。

 リニア中央新幹線は南アルプスをトンネルで抜けるために、一見、地上への影響は少ないように思われがちです。ところが実際には影響は甚大なものが予想されています。

 国立公園に隣接し、拡張候補地となっているような場所に、複数の作業用トンネルを掘り、膨大な残土が掘り出されれることになります。現地に埋め立ててれば甚大な自然破壊ですし、域外に搬出する場合には大規模な道路工事を行ったうえで、大量の大型車両が通行せねばなりません。地下水・河川への影響も心配されるところです。

あきらかに自然環境を大きく損ねる大工事になります。自然環境への影響は、計画段階で取り扱われるべき重要な項目であるはずです。

 しかし、その答申および答申に至るまでの審議において、国土交通省サイドでは、表向き、環境省の方針は一切取り扱われていません。しかも審議をおこなった委員会の委員長を務める家田仁氏は、環境省において新しい環境アセスメント制度の審議(戦略的環境アセスメント総合研究会)の委員にも選ばれており、環境保全のプロフェッショナルであるはずです。

 これは少々不自然なのではないのでしょうか? 

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