朝日新聞 1973(昭和48)年922日 朝刊

【第一面】
西日本縦断新幹線を計画 東北など5線はルート内定 
 東京−本州中部−大阪−四国北部−大分 60年メドに完成
 九州東・日本海線も 首相と鉄建審 鈴木会長一致
 

 田中首相と自民党の鈴木総務会長(鉄道建設審議会会長)は21日午前、将来の全国新幹線網建設について話し合った結果、すでに建設が決まっている北海道、東北、北陸、九州、長崎の5新幹線のルートを内定するとともに、新たに東京を起点として中部地方−大阪−四国北部−九州を結ぶ”西日本縦断新幹線”と、九州東線、日本海、札幌−旭川、札幌−苫小牧−室蘭の各路線を基本計画に組み入れる方針を決めた。来月5日の鉄建審に諮問されるが、新路線は昭和60年を目途に完成する構想である。

 路線が内定した5新幹線、つまり北海道、東北、北陸、九州、長崎の各線は昨年5月、基本計画が決まり、国鉄と鉄建公団が具体的な建設路線の選定、調査を続けていたもの。関係各地で激しい誘致合戦が行われていたが、田中首相が26日から訪欧、訪ソに出かけて留守になるため、この日、鉄道建設審議会会長でもある鈴木善幸会長が裁断を仰いだものだ。

 東北新幹線なと、内定した5ルートは北海道=青森−函館−小樽−札幌の北回り▽北陸=高崎−長野−富山−金沢−福井−小浜−大阪の若狭ルート▽九州=博多−熊本−鹿児島の西岸沿い▽長崎=博多−佐賀−佐世保の南を通り長崎、という計画。

 来月5日、鉄道建設審議会に諮問され、最終的に決定されるが、そのあと早急に停車駅などを決める工事実施計画書を作成し、54年には完成したいとしている。

 一方、新たに基本計画に組み入れることになった”西日本縦断”などの路線は、こんごルート決定をめぐって、再び誘致合戦が起こることも予想されるが、田中、鈴木会談では、西日本縦断線は新宿−甲府−岐阜−高山−小牧−奈良北部−大阪を結ぶ中央新幹線と、大阪−明石−鳴門大橋−高松−松山を経て愛媛県佐多岬から九州・大分に至る四国新幹線を結ぶ大構想で、首相らは佐多岬から大分に抜ける海底トンネルの建設が10年以上かかるとみて、早めに建設を決めることに踏み切った。

 また、九州東線は博多−大分−宮崎−鹿児島を、日本海線は青森−弘前−秋田−新潟−富山を経由して北陸新幹線に合流する構想。

 このほか田中、鈴木会談では、参院新幹線をはじめ米原から琵琶湖の東を通って敦賀に抜ける湖東線、四国新幹線の終点、大分から九州を横断して熊本に抜ける新幹線の建設も今回は基本計画には組み入れないが、将来、建設を約束する”建議路線”といった形で、来月5日の鉄道建設審議会に説明する方針を固めたといわれる。


 列島改造先取り 首相 参院選へテコ入れ 

21日の田中首相と鈴木総務会長との会談で、具体的な路線を内定した五新幹線以外に”西日本縦断”新幹線などの新路線を決めたのは、首相が佐藤内閣の自民党幹事長時代から描いていた構想を具体化させる第一歩だとされている。つまり、首相としては内定した五路線の誘致に失敗した地方に希望を持たせ、来年夏の参院選へのテコ入れをはかるという政治的判断が働いたと見られるだけでなく、新路線と五路線と組み合わせによって、宿願である日本列島改造構想の骨格を完成しようとするもののようだ。

 しかし、この時点で膨大な新幹線網建設プランが、”紙の上”から具体化へ大きく踏み出した意味は、それだけにとどまるものではない。新幹線網の建設が日本列島改造構想の主柱の一つであることを考えれば、土地投機による地価の値上がりをきっかけとして燃え上がってきた「列島改造構想」に対する国民の批判にもかかわらず、首相はあくまで同構想を実現させる姿勢を変えていないことが読み取れるからである。それは、列島改造を進めるにあたって、どうしても必要な国土総合開発関係法案が、野党の激しい反対にあって国会で立ち往生している事態を横目に、国会審議をとくに必要としない新幹線網建設の方は、どしどし進めてしまおうという作戦とさえ受け取れる。

 国鉄総代を辞任した磯崎氏の後任総裁に、首相が21日、新幹線を含め鉄道建設技術の最高権威といわれる藤井松太郎氏を起用したのも、新幹線建設、ひいては「列島改造」の実現にかける首相の執念の強さを示したといえる。
 
 たしかに「工業の地方分散」「新幹線と高速道路による高速輸送網の建設」「大都市改造と新地方都市建設」を柱とする日本列島改造構想は、「過密と過疎」「地域的な所得格差」といった政治が直面している緊急課題の解決に対して前向きの答えを出したものであることは否定できない。しかし、異常な物価高、資源問題、公害、福祉問題などに取りまかれ、「新しい成長のパターンはいかにあるべきか」という基本的な命題がまさに問われているこの時点で、国民的な合意を最も必要とする、こうした問題が、政府だけでどんどん進められようとしていることには、野党の反対も根強い。

歯止め、予算審議だけ 新幹線網建設 もっと国民的論議を 

 新たに鉄道建設審議会に諮問される本州中部−四国−九州を結ぶ日本縦断新幹線など五線は、44年9月に自民党基本問題調査会と交通部会が決めた全国新幹線鉄道網に入っている。もし鉄建審が”ゴー”の答申を出せば、全国新幹線鉄道整備法に決められた手続きによって基本計画(路線)、整備計画(区間)、工事実施計画と進み、着工される、この間、整備計画の段階でもう一度、鉄建審に諮問するだけであとは運輸大臣の認可だけ。歯止めがあるとすれば、国会の予算審議だけである。
 
 新幹線については、すでに建設中の東北、上越新幹線についても、環境問題などからの議論が多い、また、現在調査中の東北・北海道、北陸、九州の各新幹線の場合も償却後黒字になるのは61年度以降と国鉄当局はみている。磯崎前総裁もことし五月の衆院運輸委員会で、これ以上新幹線を作れば、新幹線赤字がどんどん増えていくことをほのめかした。東海道新幹線の経営がうまくいっているのは、東海道ベルト地帯という例外的な条件によるもので、むやみに新線を作っても、ガラガラの超特急が公害をまき散らして全国を走り、潤うのは建設業界や政治家など一部の人たちだけということにもなりかねない。
 
 国鉄の在来線は、大正時代の鉄道敷設法によって定められた予定路線に基づいて建設されており、時代に合わない線まで作られていることがしばしば批判されている。全国新幹線鉄道整備法は、このテツを踏まないために予定路線を決めなかった。もし政府が十分に国民的論議を抜きにして、次々に新しい新幹線を日程にのせていくとすれば、鉄道敷設法の悪例をまた繰り返すことになる。
 

【第3面】
 新・新幹線 インフレに拍車? 大蔵省「改造論」の二の舞警戒

 22日明らかになった新しい新幹線計画について大蔵省は現在の国鉄長期計画(48〜57年度)に一応盛り込まれた構想ではあるが、これほど早い時点で日本列島をジグザグに走る新幹線構想が飛び出したことに驚いている。とくに国鉄運賃の値上げが事実上2年遅れたことにより、長期計画が当初からつまづくことになる一方、景気、物価対策との関係から鉄道工事を含めた公共投資の乗り延べが行われている際だけに、新たな”列島改造インフレ”の引き金を引くことになるのではないかと憂慮する声もある。

 累積赤字1兆1600億円(47年度末)をかかえる国鉄再建の新十カ年計画では、新幹線の工事関係費4兆8000億円が見込まれ、このうち5つの新幹線の費用が3兆1000億円を占めている。したがって、残る1兆7000億円が新・新幹線に使われることになるわけだ。

 このように一応は再建計画のワク内にこの新・新幹線の計画が予定されている。しかし再建計画では平均の物価上昇を4〜5%と見込んでおり、今のような調子で物価が上がると計画全体が大きく狂ってくることになりかねない。しかもこうした「列島改造論」を基本においた大きな鉄道建設を発表すること自体、沈静化のきざしを見せているインフレ心理に再び油をそそぐことにならないかと心配する向きは多い。

 国鉄の投資計画は@大都市における通勤対策A新幹線網B電化・複線化C安全・合理化と4つに配分されているが、最近では山陽新幹線の岡山−博多間の工事と通勤ラッシュ緩和のための大都市における投資に力が入れられている。これらは一方では国鉄の収益力の回復、他方では年々深刻化する通勤ラッシュの緩和という切実な目的をもっているもので、田中首相が21日打ち上げたような新計画に着手するのは、いずれにせよかなりさきのことになるというのが大蔵省の見方である。
 
 しかしこうした新構想が何らかの形で出てくることは現在の長期計画をまとめる時点で予想されていたことであり、大蔵省としてはすでに決定されている新幹線網や高速道路計画との関連で全国的な交通体系の合理化という観点から十分検討する必要があるとしている。

 大ぶろしきに国鉄困惑

 田中首相の新幹線構想について、国鉄側は困惑の表情を隠せない。これまでも”政治路線”で赤字に悩まされてきただけに、どの線を重要とするかの優先順位が明らかでない、企業としての収支をどのように考えているかが明らかでない、などの点で不満が多い。

 国鉄の幹部の一人は、「今度の構想は政治的なにおいが非常に強く、輸送のバランス、ひいては国鉄の運輸収入、現在の利用客の流れ、そういった具体的な条件をどのぐらい考慮しているのかは疑問だ」と語っている。

 現在工事中の上越・東北両新幹線でも大宮以南のルートが住民の反対で難航しており、その苦汁を一身に浴びている国鉄にとっては、大ぶろしきよりも、もっと実際の輸送現状に即した構想こそほしかったというのが、大半の意見のようだ。

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