朝日新聞 昭和42年(1967年)9月1日 朝刊

国鉄が20年後のビジョン 全国に新幹線網 

 国鉄は大都市への人口集中を防止するため、今後、全国の幹線鉄道網、首都圏の高速鉄道網をどのように整備すればよいかの「都市問題と鉄道対策」を検討していたが、昭和60年ごろを目途とした”20年後のビジョン„をまとめ、31日、発表した。

”過密なき集中„めざす 首都圏には高速通勤線 

 それによると、東海道第二新幹線など広軌新幹線方式の全国新幹線網を新設して地方主要都市と東京、大阪などの大都市、地方主要都市間をそれぞれ結び、また首都圏では100キロ圏の新住宅都市と都心部を短時間で連絡する6本の通勤新幹線をつくり、これにより”過密なき集中„を実用しようという構想である。

 このビジョンは国鉄が自民党の都市政策調査会(田名角栄会長)から「こんごの全国、首都圏の鉄道整備はどうあるべきか」の計画を求められたのに対して説明したもので、同調査会では11月までには結論を出したいとしている。

 将来の鉄道対策について同調査会では、さきに在来線を高速広軌新幹線に改築できないかとの意見を出していたが、国鉄では在来線の改築方式では営業の関係からほとんど不可能との見解から、新たに新幹線を敷設することを基本とし、将来の鉄道の姿は大量、じん速、安全な輸送能力を最大限に発揮できる広軌の新幹線方式を採用すべきである、としているのが特徴。

 これにより、東京、大阪を結ぶ東海道第二新幹線(いずれも仮称)をはじめ東北新幹線、さらに延長して北海道新幹線、また、いま建設中の山陽新幹線の岡山付近から四国新幹線、裏日本では上越、裏日本縦貫新幹線と北陸新幹線、山陰新幹線、このほか、九州の3ルートなどもふくまれ、総延長はおよそ4000キロに及び、道路とは立体交差として、運転時速はいまの新幹線より速く時速250キロ、建設費は約3兆9000億円と試算している。

 これが完成すれば、例えば現在、特急で東京−新潟間4時間45分が1時間30分に、東京−仙台間4時間45分が1時間50分に短縮される。

 首都圏の通勤新幹線は6本のルート()が計画され、これらの都心部のターミナルは東京駅付近、皇居前広場、新宿副都心で、いずれも地下駅。総延長は520キロ、建設費は9000億円。

 一都六県の首都圏人口は年々増大して、全国の21%にあたる2100万人に達し、人口集中がこのままで推移するとすれば、現在線の単なる線路増強方式ではもはや追いつけず、この対策として、通勤新幹線を打出している。



ホームページ管理人による補足)
 この記事にはルート案が示されており、
@成田空港方面、A水戸方面、B宇都宮方面(東北新幹線)、C群馬県南部方面(上越・北陸新幹線と桐生方面)、D甲府方面、E湘南方面(東海道新幹線や記事にある東海道第二新幹線とは別)
となっている。

 こののち、@が全幹法に基づき着工した成田新幹線に、Aは基本計画路線から漏れた常磐新幹線に、Dが中央新幹線へと、それぞれ構想が発展していったと思われる。新聞記事を追っていった限りでは、2年後の昭和44年(1969年)9月17日に自民党が打ち出した全国新幹線網になって、はじめて甲府から名古屋を結ぶ中央新幹線が登場することとなる。


 なお当時におけるリニア構想との関係は、以下のリニアモーターカー開発についての記事が参考になろう。開発が進んでいるといっても、まだ列車の形状をなしておらず、「大掛かりな機械」の域を脱していない。開発状況についての長い記事であるが、リニア構想と関係のある部分だけを抜き出すと以下の通り。




(関連記事)
同年10月22日 朝日新聞の記事

リニア・モーター列車 ”第三の鉄道„実用化めざし本腰
 新幹線の倍のスピード 国鉄技研
 
 
 新幹線に続く”第三の鉄道„が50年代初期の実用化を目途に、本格的に研究されている。…(中略)
 ”第三の鉄道„は、まず、東京、名古屋、大阪の三大都市圏をつなぐ東海道線で実現するものとみられている。これは京浜、阪神への人口集中が進むのと並行して、三大都市圏をつなぐ交通のスピードアップが要求されているためである。
 8月31日に国鉄が発表した「20年後の全国新幹線鉄道網構想」では、現在の東海道新幹線に続く第三の東海道新幹線は、山陽新幹線並みの最高時速250キロ(現東海道新幹線は210キロ)が考えられていた。しかし、交通学者などの間では、第三ルートの建設が必要とされている昭和50年代の初期になれば、現在の2倍程度のスピードが要求されるようになる、との見方が有力である。
 (後略)


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