事業推進の意義―「東海地震等の災害リスクに備えて二重系統化」は十分な議論を経ているのか? 
 リニア中央新幹線建設の意義として、東海地震等の大災害に備えて交通を二重系統化することがうたわれています。平成22(2010)年5月に発表された国土交通省中央新幹線小委員会の答申には次のように表現されています。



しかしこには疑問があります。

具体的に「〇〇だから危ない!」という以前に、検討自体がなされていないように思えるのです。

もしかすると、、
「二重系統化とは、他の業界でいえば災害に備えて倉庫等を複数確保しておくような話であり、個人レベルであれば部屋ごとに懐中電灯を置いておくような話であって、それをJR東海に当てはめれば中央新幹線という別路線を確保しておくことである。企業がどこに倉庫を配置しようと自由であるようにJR東海がどこを迂回路と位置付けようがそれは自由である。」
という見方があるかもしれません。

 しかしながら、中央新幹線については、全国新幹線鉄道整備法に基づき国が建設を「指示」しているし、事業推進に伴い各種の優遇措置をとったり、自治体に協力を求め、そのうえ沿線住民には多大な不利益を容認してもらおうとしているのだから、その事業の「意義」にはきちんとした裏付けが必要であると思います。根拠もなく「ここにダムを造れば洪水被害が緩和される」と言いながら根拠がない…なんてことはあり得ないわけです。

 さて、全20回開かれた中央新幹線小委員会において、東海地震そのものが議題にあがったことはありません。地震については、東日本大震災後の第18回会合で、同震災における東北新幹線の被害状況と、震災による経済的損失がJR東海の収益に及ぼす影響とを報告し、リニア計画には経済面・耐震面ともに影響ないと結論付けている程度です。


 「東海地震」というのは、「駿河湾を震源として近い将来に発生するかもしれない」と指摘された地震像に対してつけられた名称です。1978年に大規模地震対策特別措置法が制定され、静岡県を中心とした地域が地震対策防災強化地域に指定され、各種の防災対策が進められてきました。

平成15年第16回中央防災会議配布資料より 

さてJR東海は、この地震により東海道新幹線が大被害を受けるおそれがあるから二重系統化が必要であるとしており、国としてもそれを整備の意義であると認識しているわけです。

中央新幹線小委員会の審議段階では、とりあえず次の3ルートが候補に挙がっていました。JR東海は当初より南アルプスを突っ切るCルート主張していました。


答申より 

中央新幹線小委員会が設置されたのは2010(平成22)年3月です。この当時の地震対策防災強化地域の指定状況は次のとおりでした。


内閣府中央防災会議のページより(現在は平成24年4月1日の指定状況となっている) 

地図中に紫の線で、その後決まってくるリニアのルートを示しておきます。

これを見ると、南アルプスルートは想定震源域に最も近く、また地震対策防災強化地域に指定された区域を通っていることが分かります。確かに、想定震源域の真上を通る東海道新幹線よりは地震の影響が少ないのかもしれませんが、その検証過程についてはいっさい説明されていません。

また、東海地震では駿河トラフを境にして陸側が隆起、伊豆半島側が沈降するという震源断層モデルを用いています。それを基にシミュレーションする際、震源域および周辺地域の地殻変動も算出されるはずです。

その際、南アルプス(赤石山脈)で起こる変動は、長大トンネルに与える影響ひいては地震対策としての南アルプスルートの妥当性を検証するうえで必要不可欠なデータのはずですが、中央新幹線小委員会の審議過程で用いられてはいません。

南アルプスは、過去100年間の水準測量や地形学的な証拠から、年間4o以上の隆起をしているとされています。しかし近年の短期間のGPS連続観測によると、顕著な隆起は検出されていないそうです。これは、「大地震に伴い一気に隆起した後、徐々に隆起がおさまってゆき、次の大地震でまた大きく隆起する」ことを意味するのかもしれません(⇒参考文献等詳細はこちら

地震の際、トンネルは揺れに強いとされます。しかしトンネルの掘られた山自体が変形してしまったら、当然トンネルも変形します。変形の程度によっては壁が崩壊することもあるようです(2014年熊本地震での俵山トンネル等)。この場合、列車が走行中であったら大参事ですし、無事であっても復旧には長い時間がかかります。

東海地震による南アルプスの地殻変動の様相が不明であるのに、地震発生時の迂回路として有効であるとの判断がどうして可能であったのでしょうか?

「南アルプスルートという災害リスク」  
 ところで内閣府中央防災会議では、中央新幹線小委員会の開かれるよりずっと前から、「三連動地震」をシミュレーションしていました。すなわち東海、東南海、南海の3つの震源域が同時に動くという想定です。東日本大震災以降は南海トラフ大地震というような表現が一般になってゆきますが、当時を検証するという意味で、三連動地震という表現を使います。 

次の図は平成15年第16回中央防災会議にて発表された揺れの想定です。



その場合、名古屋以西では、全体の傾向として、太平洋に近いほど強い揺れが予想されています。

中央新幹線は、名古屋から西では、伊勢湾沿岸から奈良を経て大阪に向かう想定ですが、そこは東海道新幹線沿線よりも強い揺れが想定されています。特に伊勢湾沿岸では「震度6強以上」となっています。

また、下の図は三連動地震が満潮時に発生した場合での津波高さの予測図です。


これをみると、名古屋駅から三重県の桑名市付近にかけて、高さ2〜3mの津波が襲来するおそれがあると予測されています。そこをリニアは「大深度地下区間」として地下深いトンネルで通過する見込みです。

国土交通省中央新幹線小委員会の開催時には、既にこうした資料が作成されていましたが、「東海地震に備えて二重系統化」するのに、あえて地震による影響を強く受けそうなルートを想定していることについて、特に検討はされていなかったようです。



したがって、東海地震対策として二重系統化するという大義名分について、具体的な裏付けはなされていないのではないか、という疑問がぬぐえないのです。

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