大井川導水路案は非合理的である  

 JR東海作成の環境影響評価書では、現在の計画に従ってトンネルを掘った場合、次のように河川流量が変化すると予測しています。


図1 大井川の流量予測 環境影響評価書より作成
数字は流量で単位は㎥/s
左側が試算上の現状値で右側がトンネル完成後の予測値
2段になっているものでは、上段は年平均値、下段は渇水期(12〜2月)の値を示す
 



 南アルプスの高峰、荒川岳から流れてくる西俣(にしまた)と、間ノ岳から流れてくる東俣(ひがしまた)とが合流し、大井川と名を改めて駿河湾へ下ってゆきます。この合流点の下流に東京電力の田代堰堤(小規模ダム)があります。

 予測では、トンネルに沿った西俣から大井川にかけて、流量が大きく減少するとのされました。特に田代堰堤より下流側では、流量が2㎥/s程度減少するとの予測になっています。

 これについて無策のままトンネルを掘ることは、流域の水利用に大きな影響を及ぼすおそれがあり、河川法施行令第十六条の二でいう「河川をみだりに損傷すること」に該当する可能性もあるため、何らかの対策(環境保全措置)を講じる必要があります。
 そこでJR東海が考案したのが導水路案です。導水路でトンネル湧水を川に放流することでにより、下流での流量減少に対応するとしています。2018年5月時点で静岡県や流域自治体はまだ合意していませんが、既に2017年10月には施工業者が決定しています。

 

図2 導水路建設後の流量予測
第4回大井川水資源検討委員会資料より複製
 

 導水路は、本坑の標高1160m付近から分岐し、本坑・大井川の交差箇所より10qほど下流の、標高1150m付近で大井川に放流するというものです。全長は約11q、途中の非常口との交差地点より北側はNATM工法(断面積20u)で、南側はTBM工法(断面積10u)で掘削するとしています。

 図2によれば、予想される流量減少2㎥/sに対し、導水路で1.3㎥/sが自然流下すると説明しています。自然流下出来ない分は、必要に応じてポンプでくみ上げて放流する方針としています。

ところがこの導水路計画には次のような疑問があります。

●確実に水を戻せる保証がない
●導水路出口より上流側には水を戻せない 
●余計なリスクを増やす
●検討経緯に疑問がある

以下に詳細を説明します。




●確実に水を戻せる保証がない
 

 JR東海の予測とは別に、静岡市が専門業者に委託してトンネル工事による流量への影響予測を実施し、結果が2017年7月に公表されました。 

図3 静岡市調査による流量予測値 
平成28年度 南アルプス環境調査より複製
画面に収めるため記載事項に変更のない範囲で調整
  

 流量減少値はJR東海予測値よりは小さいものの、湧水が導水路分岐より低い部分で多く生じることから、現行導水路案では湧水の大半を地上に放流できず、結果として下流での流量減少はより大きくなるというものでした。

 大幅に異なる予測結果が出た理由として、環境影響評価手続きの過程では明らかにされなかった工事用道路トンネル(約4q)の存在を考慮したことや、断層破砕帯の性状について異なるデータを用いたためと説明されています。

 このように、用いるデータや計算式など試算の仕方次第で、大きく異なる結果が出されたことが大きな意味を持ちます。予測はあくまで予測であり、つまり、湧水の発生場所と量は、実際にトンネルを掘るまで判明しません。ブレがあることを考慮しておかねばならない。

 したがって湧水を自然流下させるのであれば、導水路の位置は実際の湧水状況を確認するまで決めらない はずです。本坑掘削に先駆けて導水路の位置を決定するという現在の計画では、導水路で確実に水を戻せる保証がありません。

 また、今のところ自然流下できない分は「必要に応じて」ポンプでくみ上げると説明していますが、JR東海のいう「必要」とはいかなる状況を示すのか、これについても具体的な説明はありません。仮に分水嶺直下から0.7㎥/sをくみ上げるとしたら、小規模な水力発電所を一つ動かし続けるだけのエネルギーが必要となります。言い換えると非常にコストがかかることから事業者側としては全量を戻すことに躊躇しており、協議が進まない一因となっています。
2017年6月30日静岡新聞記事  


導水路出口より上流側には水を戻せない@
 

 図1のJR東海による予測では、流量減少は、西俣取水堰(中部電力)付近でも生じると予測されています(静岡市試算では起こらないとする)。

 図4の通り、取水堰のすぐ上流で川が二又に分かれています。このうち北から流入する支流(中俣)は、トンネルから離れているため、工事による影響は小さいと考えられます。この点を考慮すると、取水堰で流量が減少するとの予測は、本流筋(小西俣)での大幅な流量減少を反映したものであると推定されます



 図4 西俣上流部への影響はいかほど? 
 西俣取水堰での流域面積は36平方キロメートル。うち中俣流域が17平方キロ(47%)で、小西俣流域が19平方キロ(53%)。取水堰での流量3.97㎥/sもこの割合で涵養されているとすれば、1.87㎥/sは中俣から、2.1㎥/sは小西俣から来ていることとなる。
 トンネル完成後、西俣取水堰での流量は0.57㎥/s減ると試算されている。この値はほぼ全て小西俣での減少に由来すると考えられる。したがって小西俣の流量は2.1㎥/sから1.5㎥/s程度に減ると考えられる。
 これを渇水期に当てはめると、ほとんど枯渇してしまうことになる。

 なお、2019年12月、JR東海は環境影響評価書に示した地点以外での流量試算結果を公表しました。案の定、西俣に注ぐ大部分の沢で流量が半分以下にまで減少すると予測されています。

 
図6 沢における流量予測 
【引き続き対話を要する事項(47項目)」に対する見解(その2)】 192ページ目より)



 導水路をつくっても、この区間には水を戻せませんから、環境が悪化したまま放置されることとなります。西俣上流部は、西俣非常口(標高1550m)よりさらに標高が高いため、ポンプで揚水することも非現実的です。標高2000m近い南アルプス山中であり、原生的かつ良好な自然環境が残されている(ヤマトイワナの禁漁区でもある)ものと考えられますが、そうした環境に回復不可能なダメージをあたえるおそれがあります。

 また、導水路出口より上流には西俣取水堰の他にも東俣、田代、木賊の水力発電用取水堰があります。このうち東俣取水堰以外の地点では流量減少が予測されます。導水路では、ここに水を戻すことはできません。


図5 大井川上流部の水力発電所 

表 導水路出口よりも上流から取水している発電所

  所有 常時使用水量
(㎥/s)
最大使用水量
 (㎥/s)
常時認可出力
(kw)
最大認可出力
(kW) 
有効落差
(m) 
田代川第二  東京電力  1.98 5.3  8300  22700  501.87 
田代川第二  東京電力  1.98 6.0  ?  17400  350.29 
早川第一  日本軽金属  27.0  ?  51200  228.28 
波木井  日本軽金属  30.0  ?  19900  79.90 
富士川第一  日本軽金属  66.0  ?  42000  69.88 
富士川第二 日本軽金属  75.0  ?  49500  77.75 
二軒小屋 中部電力  1.15  11.0  2100 26000  283.6 
赤石 中部電力  1.06  28.0  0  39500  162.6 

(注) 着色した4発電所は大井川水系の水で発電している。厳密に言えば田代川第一・第二両発電所は、富士川水系の沢の水も使用しているが割合としては微々たるものである。 残る早川第一、波木井、富士川第一、富士川第二の4発電所は、富士川水系の水に、田代川第二発電所放流水を加えて発電している。


 以上の3取水堰より水が送られてくる二軒小屋、田代川第二、田代川第一、赤石の各発電所は、図1の予測通りに流量が減少した場合、かなりの影響を受けるものとみられます。また、田代川第一発電所からの放流水を利用している早川〜富士川水系の発電所にも水利調整の必要が生じます。

 転じて、各取水堰からの環境維持放流の確保も見通せなくなります。2005年まで約40年にわたり取水堰・ダムからの放流量増加を訴えてきた流域自治体・住民にとっては、はるか上流部のこととはいえ無視できぬ問題です。


余計なリスクを増やす
 

 予測はあくまで予測…という点に関連しますが、環境リスクを考える以上、様々な想定をしておかねばなりません。

 JR東海は、着工前の現段階で導水路の設置を決めましたが、当然、トンネル完成後に流量が減らなかった場合も想定しておく必要があります。その場合、長さ12kmの導水路が無用の長物となるほか、導水路工事からの発生土を置いた場所は無駄な環境破壊となります。

 また、導水路の効果を示した図2によれば、導水路出口より少し上流の地点(木賊堰堤)では、現在の流量を11.9㎥/sとした場合、本坑工事により9.87㎥/sに減り、導水路建設後にはさらに9.38㎥/sにまで減ると予測しています。これについてJR東海は、導水路に大井川本流の水が流入するためと説明しています。つまり導水路建設により河川流量を余計に減らすおそれがあるのです。

 トンネル湧水が自然流下したとしても、その水質も現段階では保証できません。例えば南アルプス東山麓で建設が進められた中部横断道では、トンネルからの発生土・湧水に環境基準値以上の重金属等が検出され、その取り扱いに四苦八苦し、工期が大幅に伸びる原因となりました。 
https://www.sankei.com/politics/news/161122/plt1611220021-n1.html

 本工事の場合、南アルプスの核心部を貫くこととなりますが、トンネル湧水がどのような性状であるのか、現段階では全く見通しがつきません。万一、環境基準値以上の有害物質が検出された場合、そのまま河川に放流することはできなくなります。将来にわたり処理施設を稼働させ続ける必要が生じます。


検討経緯に疑問がある
 

 そもそも環境影響評価書(2014年8月)では、工事開始後、トンネルへの湧水状況を確認したうえで、改めて有効な保全措置を考案するとしていました。また工事中は、湧水をポンプでくみ上げ続けることから河川流量への影響は生じないと説明していました。 

 ところがJR東海は、環境影響評価手続きが終了し、事業認可を受けた後の2015(平成27)年4月2日、自主的に設置した有識者会議の大井川水資源検討委員会第2回会合にて、導水路を建設してトンネル湧水を下流に放流する案を提示、同会議で早急に計画を進めるべきとの推奨を受けたとして14日に県へ説明することになります。

 今まで述べたように、導水路案には環境保全措置として非合理的な点が多いのですが、同会議では、より非現実的な他の案との比較の結果、最適であると結論付けられました。

他の案
@トンネル湧水の流出先である早川から導水路で水を引く
⇒利水調整が困難であり、導水路が長すぎるので実現不可能と説明 
 A大井川流域のダムをかさ上げして貯水量を増やす
⇒構造上、不可能と説明
B大井川流域のダムの堆砂を取り除いて貯水量を増やす
⇒搬出が不可能と説明 

 そもそも環境破壊が予想される場合は、予測される影響について「回避」「低減」「代替」の順序で対策を検討していかなければなりません。

例えば流量が減るという予測に対しては、
@流量減少を起こさない方法
A流量減少が起きてしまった場合の対策
B失われた環境の再構築ないし他の場所での代替

の順序で保全措置を考えてゆくべきです。

これはミティゲーションと言って、環境影響評価の基本的な考え方であることから、評価書に係る国土交通大臣意見でも強調されています。

図7 評価書に係る国土交通大臣意見より
 



 したがって、まずは@に相当するものとして、トンネルの配置や工法の再検討などによって、湧水量を最小限にする方法を考える必要があります。それでも予想以上に減ってしまう事態を想定して、A、Bを検討しておく必要がある。

 しかしJR東海は、@を行なわずにAの検討を開始、そして実現性に乏しい案との比較により、導水路案が最善だと結論付けました。さらにBはいまだ検討していない。

 また、導水路案は「水資源対策」の視点で考案されていることから、下流での流量さえ維持できれば良いという方針で進められています。このため、導水路出口より上流に生息・生育する動植物への配慮が全く欠けています。

これも大きな問題ですが、長くなるの項を改めて説明します。⇒ヤマトイワナ保全についての問題点 

 
 国土交通大臣意見に従い、「水系を回避」から順番に工事計画を再検討すべきです。



トップページに戻る 


inserted by FC2 system