中央新幹線建設事業
 補正版 環境影響評価書(静岡県)の問題点

T 情報開示のあり方における問題 

 本事業が環境に与える影響については、手続きの各段階において、その時点で事業者が所有し、環境配慮のために必要不可欠な情報の公開が、常に先送りされ続けてきた。
 例えば本事業は大井川水系の流量を大幅に減少させるおそれがあるため、河川流量に関する情報は議論に不可欠である。これについて、評価書の資料編「表6-1-3-1検証に使用した流量観測地点」および「図6-1-3-2観測流量と計算流量の比較」によれば、河川流量の観測を平成18年から開始したとしている。しかし具体的なデータは、平成22年度に開催された中央新幹線小委員会における審議の場から環境影響評価の最終段階である今般の補正評価書にいたるまで、結局、一度も開示されないままであった。この間、中央新幹線小委員会に対する3回のパブリックコメントを含め、計6回にわたり住民・地元自治体から意見提出の場があったが、具体的な河川流量値に基づく検討の場を一度も設けることができなかった ことになる。今後、事業認可後に県主導の保全会議の場や事後調査計画書において公開されたとしても、それに対して公衆等や市長が意見を述べる機会は、法的に担保されることはない。特に協議に関わることのない公衆等にとっては、詳細な情報に基づく意見提出機会を与えられずに事業が進められてしまうことになる。
 この他にも、斜坑の数や位置、発生土を南アルプス山中に捨てるか域外に搬出するかといった、配慮書段階で必要となる情報が準備書段階まで公表を先送りされたなど、情報開示の姿勢にはきわめて問題が大きい
 日本国民全体の共有財産というべき南アルプスと、流域住民の生活と産業を支える大井川に大きな環境負荷を与える事業計画に対し、市民および国民が正確な情報に基づく意見提出の機会を与えられないというのは異常である。


U 工事計画と環境保全の関係性について
 

 1.改変区域の選定過程について 


  (1)改変予定地について、場所の選定過程を明らかにすべきである
 3-8ページには、方法書記載の路線からの絞り込みの考え方として「自然環境(動植物、生態系等)、水環境等の環境要素ごとの影響をできる限り回避する」と記載されている。ところが、路線絞込みの検討過程や発生と置場の選定過程については、準備書においても、補正前評価書においても、今般の補正評価書においても、結局、何も書かれていない。環境保全措置を実効性あるためのものとする第一歩は改変区域の選定過程にあるので、ぜひ公開すべきである。 

  (2)トンネルと河川との位置関係について
 評価書に対する国土交通大臣意見においては、河川流量への影響を最小化するために水系を回避することも含めて検討するよう求められていたが、結局、何も答えていない。
 縦断面図によると、西俣直下に350m程度の土被りで約1qにわたってトンネル2本(本坑・先進坑)を設け、そこに大井川本流を縫うように二軒小屋南側から斜坑も降りてくる計画である。一般的に、トンネル工事における湧水量は、谷や盆地状地形の地下を通過する部分で多くなる傾向がある。二軒小屋〜西俣は、方法書で示された幅3qルート案のなかで最低所の谷となっており、その地下はルート案の中で最も地下水の集まっている可能性が高い。そこへ3本のトンネルを集結させることによって、必然的に湧水量を増やす試算結果となったのではないか。 また西俣に設けられる斜坑は蛇抜沢を潜り抜けることになっているが、相対的に規模の大きな支流を潜り抜けることにより湧水量が大きくなるのではないか。
 このように、トンネルの立地条件には強い疑問がある。位置を選定するにあたり、河川流量への影響を最小限化するためにどのような検討を経たのか示す必要がある。

 2.工事用道路トンネルについて 


  (1)事業計画における工事用道路トンネルの位置づけ  
 東俣から西俣非常口(斜坑)へ長さ約2.1q、扇沢付近の発生土置場候補地にまで長さ約3qの、2本の工事用道路トンネルの建設が計画されている。この工事用道路トンネルは事業計画の一部と位置づけられるのか、それとも環境保全措置として計画されたものなのか、評価書内での取り扱いが不明である。
  (2)工事用道路トンネルの工事計画 
 「3-18ページ 工事方法」や、「資料編3 工事計画」において、工事用道路トンネルや発生土置場についての具体的な記述がない。このため、資料編の「表3-2-1 工事工程表」「表3-3-1 建設機械第数」「3-4 資材及び機械の運搬に用いる車両の運行台数について」で、工事用道路トンネルの建設にかかわる建設機械や車両が含まれているか不明である。また、その規模、工程、発生土の処理方法についても不明である。
  (3)工事用道路トンネルに関する矛盾 
 次項に関連するが、動物の「表8-4-1-44(10)」では、工事用道路トンネルの設置を環境保全措置と位置づけており、その効果の不確実性は小さく、他の環境への影響もないとしている。いっぽう「表10-1(2) 事後調査の項目」においては、工事用道路の設置を動物・植物・生態系への影響要因と位置づけており、事後調査の対象としている。他の環境への影響はないとして環境保全措置に選定しておきながら、環境への影響要因であるとして事後調査の対象に選定しており、評価書の記載事項に整合性がみられない
  (4)環境保全措置としての工事用道路トンネル設置の妥当性 
   (ア)効果は望めない
 「表8-4-1-44(10) 環境保全措置の内容」において、「地上における工事用車両の運行を低減することで、生息環境への影響を低減できる」とし、クマタカ・イヌワシに対する環境保全措置として工事用道路トンネルの設置をあげており、効果の不確実性は小さいとしている。しかし東俣と西俣とをつなぐ工事用道路トンネルは長さ2q以上あり、東西両方から掘削しても、完成までに2年程度は要すると思われる。完成までの間は、西側の坑口に出入りする工事用車両が、西俣に沿った林道を大量に通行することになり、騒音、大量の工事用車両の通行、大勢の作業員の出入りが避けられないため、効果は望むべくもない。この工事と同時に西俣側の非常口(斜坑)掘削を行えば、地上を運行する車両の数はさらに増えてしまう。 効果を望むためには、東俣付近で猛禽類の繁殖がないことを確認したうえで東俣側からのみ掘削し、完成してから西俣非常口(斜坑)の掘削に取り掛からなければならない。
   (イ)他の環境への影響が生じる 
 「表8-4-1-44(10) 環境保全措置の内容」では、工事用道路トンネルの設置による他の環境への影響はないとしているが、2本の工事用道路トンネルを建設すれば、当然新たに大量の発生土を生じることになり、発生土を運搬する車両の増加、発生土置場の拡大によって新たな環境負荷に直結するのは明白である。 次項で述べるように、水環境への影響も懸念される。 
  (5)工事用道路トンネル建設による生態系への影響を詳しく調査・予測すべき 
 地形図から判断すると、2本の工事用道路トンネルは沢をくぐったり、一部で土かぶりがごく浅くなるとみられることから、その建設工事によってトンネル頭上の水環境に影響を及ぼす可能性がある。枝沢や岸壁に、湿った環境を好む貴重な植物や水生動物が生息していて影響を受ける可能性があるが、現地・文献調査とも坑口から600mまでの範囲でしか行われておらず、評価書の記載内容からは実態を推測することもできない。
 万一道路トンネルの工事にともなって流量や湧水量が変化し、貴重な植物や水生動物に影響を及ぼしたとしても、着工後において影響の有無を判断することは不可能 である。このため、工事用道路トンネル頭上の沢において、流水や湧水の位置をおよび重要な動植物の分布状況を把握し、必要に応じて環境保全措置を講ずるべきである。

 3.二軒小屋南側の非常口(斜坑)の立地条件について  


  (1)河川との位置関係  
 図3-5-1、評価書関連図、縦断面計画図から判断すると、この斜坑は坑口標高1350m、本坑との接続点が標高1030mであり、320mの標高差を約3100mの距離で下る設計になるとみられる。約10‰の勾配である。坑口から約1000m地点(二軒小屋ロッヂ付近)で大井川本流をくぐり抜けるが、この勾配から推定して路面の標高は約1250mであり、水面の標高は約1350mなので、土被りはわずか100m程度である。この土被りは、山梨実験線で川の枯渇を引き起こした実例と大差なく、大量の湧水が生じるのではないか。また、この斜坑は大井川と直交するのではなく、大井川本流および西俣に沿って延びることになる。わざわざ河川の水を集めるような位置に斜坑が計画されており、どうしてこのような位置にせねばならないのか理解しがたい
  (2)土石流対策のための大掛かりな工事が必要ではないか 
 二軒小屋南側に非常口(斜坑)が計画されている。この場所は緩やかな傾斜地であり、おそらく度重なる土石流が堆積して形成された沖積錐という地形種とみられる(なお図4-2-1-7(1)地形分類図では崖錐または小扇状地と分類)。評価書の関連図5や国土地理院発行の1:25000地形図には、この沖積錐を形成した土石流の発生源とみられる崩壊地の記号もみられる。また、終戦後間もない頃に米軍が撮影した空中写真( )で同地を確認すると、非常口予定地は一面の裸地となっていて、水の流れ下った溝状の地形が確認され、土石流が流下して間もないように見受けられる。このような点を踏まえると、この場所は80年ほど前に大きな土石流に見舞われた可能性がある。
 安全上の懸念もさることながら、このような場所に非常時でも使える出口を計画する以上、周囲に大規模な砂防ダムや擁壁等が必要となり、改変区域が無秩序に広がってゆくのではないかという懸念がある。
)国土地理院ホームページにて閲覧可能
 昭和24年3月1日撮影 整理番号USA コース番号M1242 写真番号24
 
 4.工事中に土砂崩れ等が生じた場合の応急工事について 


 対象事業実施区域は土砂崩れが頻繁に発生している。このため、十数年におよぶ工事期間中には、土砂崩れによって道路や工事ヤードが影響を受ける事態も考えられる。崩壊地が安定するのを待つことなく復旧工事を行うと思われるが、その際、どのように行うのであろうか。たとえば林道の路肩が崩壊したからといってモルタル吹付けを行えば、遷移による植生回復は望むべくもない。安価な外来種による種子吹きつけをおこなえば、生態系が乱れる要因となる。
 5.林道東俣線の改修について  


 資料編「12 林道東俣線の補修および舗装について」によると、工事実施にあたり、林道の補修や舗装を計画しているが、改変される規模が不明であり、動物や植物に対してどのような影響を及ぼすのか、全く見当がつかない。例えば、両生類等に対する環境保全措置として土側溝を設置するとしたり、歩行者の安全確保のため必要に応じて歩道を設置するとしているが、大型車両の通行を想定したうえでこれらを設けるのなら、幅員を2〜3m広げる必要が生じるのではないか。資料編 事12-2ページの写真から明らかなとおり、林道東俣線は急な山肌を削ってつけられているため、幅員を2〜3m広げるのなら、盛土か切土を行わねばならない。急斜面であることから、盛土または切土による影響は、林道の上下方向の広い範囲に及んでしまい、生息地の分断にもつながるのではないか。また、「重要な動植物の生息・生育環境の改変は行わない」とした記載内容(後述)は画餅になってしまわないか。

V 水環境について
 


 
1.水質
 

  (1)水質の試算前提として不自然な値が用いられている
 「表8-2-1-23 現状流量及び生物化学的酸素要求量」において、工事施工ヤードの設置によるBODの変化が予測されている。このうち「地点03西俣川」においては、豊水時よりも低水時における流量のほうが多いという前提で試算がなされており、意味不明である。
 試算条件である現況流量は、表8-2-1-6(1)において、平成24年度の流量現地調査結果として掲載されているが、「地点03西俣川」においては低水期のほうが豊水期よりも流量が多くなっている。 取水の影響なのか定かでないが、流量の調査は2回しかおこなっていないため、不自然な値になったと思われる。このような値をもとにして試算をしているため、基準値との整合が図られているとする8-2-1-30ページの評価結果についても信頼することができない。
 いずれにせよ、低水時の試算前提となる流量については、複数年の通年観測結果に基づく最低水位時の流量を用いなければ意味がない。

  (2)発生土置場における水の濁りへの環境保全措置について 
 静岡県内においては、燕沢付近の大井川沿いの河原や扇沢源頭の稜線付近に大規模な発生土置場が計画されている。これにともなって河川が濁るおそれがあるが、8-2-1-14ページにおいて、「沈砂池による処理を行う処理のほか適切に処理を行うため影響は小さい」とされている。
 しかし具体的な沈砂池の規模・処理能力については全く記載されておらず、豪雨時の土砂流出の可能性についても言及がない。燕沢付近の発生土置場は河原であるから、もとより増水時に水没・侵食するおそれがあるし、扇沢付近の発生土置場候補地については、地形条件から沈砂池を設ける場所が確保できるのか疑わしい。発生土置場からの流出・濁りの発生を避けるための環境保全措置としては、小手先の対応ではなく、まずは立地条件の検討をおこなうべきである。
  (3)タイヤ洗浄に用いる水の処理について 
 植物の「表8-4-2-22(7)」では、外来植物の進入対策として資材及び機械の運搬に用いる車両のタイヤの洗浄をおこなうとしている。1日に数百台を洗浄するのであるから相当な水を使用するものと思われ、洗浄後の水は汚れているうえ外来植物の種子を含んでいると思われるが、これをどのように処理するのか言及がない。


 2.水資源
 

  (1)河川流量の予測・結果について  
   (ア)予測の妥当性を検討できない  
 国土交通大臣の意見において、静岡県を含む巨摩山地から伊那山地までの山岳トンネル区間については、精度の高い予測を行うよう求められており、それに対し、三次元水収支解析を実施したと見解を述べている(表13-1(24))。
 その結果である「表8-2-4-5河川流量の予測結果」において、工事着手前の現況流量は解析値として示されている。しかし現実の河川における実際の流量が示されていないため、この解析値の妥当性を検討することができない。 たとえば「地点番号06大井川(田代ダム下流)」において、工事着手前の解析流量が表8-2-4-5-において9.03㎥/sと試算されているが、本評価書の記載内容からでは、現実の同地点において、実際にこの流量があるか否かの確認ができない。よって工事期間中および完成後の流量の予測値についても、妥当性を検証することができない。「表6-3-1(13)静岡県知事からの意見と事業者の見解」右欄に掲載されている渇水期流量についても同様である。また、静岡県知事から求められた「河川流量減少に関する定量的な判断ができるように定量的な判断基準について示すこと(表6-3-1(13)のカ)」という意見にも答えることができていない。
 すなわち、工事および山岳トンネルの存在による水資源への影響に係る予測結果について、その妥当性を検証するための情報が評価書内に掲載されていないため、「(2)予測及び評価」については全体として論拠を欠く。 したがって8-2-4-18ページにおける「水資源に係る環境影響の低減が図られている」とする評価結果には根拠がない。

   (イ)河川流量の現況が全く不明である 
 河川の流量は、当然ながら降水量や融雪量によって1年を通じて変化している。このため、当該河川の環境を把握するためには、豊水流量、平水流量、低水流量、渇水流量を知ることが欠かせない。年による変動もあるので、過去数年間での最大値や最小値も必要である。ところが評価書には、こうした現実の河川に関するデータが一切示されていない。 このため、評価書の記載内容からでは、現状の河川環境をうかがい知ることが不可能である。予測・評価を行うための基本的な情報が欠けているという観点からでも、「(2)予測及び評価」については全体として論拠を欠き、8-2-4-18ページにおける「水資源に係る環境影響の低減が図られている」とする評価結果にも根拠がない。

   (ウ)単一の予測結果というものはありえない 
 「表8-2-4-5河川流量の予測結果」では、予測値は各地点でただ一つの値が示されている。ところが、予測の前提となる地質構造等の各データについて完全に把握しているわけではないのだから、試算には推定に頼る部分が大きく、それが少々異なるだけでも試算結果にある程度の幅が生じるはずである。降水量、蒸発散量も年によって変化が生じるし、用いたモデル式の種類によっても試算結果が異なるかもしれない。様々な変動要素があるのに、単一の結果が算出されるということはありえないはず である。
なお、国土交通大臣意見に対する事業者の見解「表13-1(24)」では、本事業での流量予測について、三遠南信自動車道の予測モデルを用いたとしている。この三遠南信自動車道青崩峠道路(飯田市〜浜松市水窪間)建設事業の環境影響評価書では、トンネル建設にともなう河川流量変化の予測値において、試算結果の上下限を示している()。


)長野県版については長野県庁のホームページに掲載http://www.pref.nagano.lg.jp/kankyo/kurashi/kankyo/ekyohyoka/hyoka/tetsuzukichu/aokuzuretoge/hyokasho.html
静岡県側では湧水量の予測について、同様に試算結果の上下限を示している。 

   (エ)試算の前提となった地質条件が不明である 
 次項に関連するが、「資料編 表6-1-2-1」において、解析条件に用いられた地質構造、水理定数が全く不明であり、試算の前提条件の妥当性を問うことができない。また、解析のブロックサイズは100m×100m×50mとされているが、幅50m程度の破砕帯についてはどのような扱いをされているのか。

   (オ)用いた気象データが不明である 
 河川流量を試算するためには、降水量、気温、積雪深のデータが欠かせないはずである。どのような数値を用いて試算を行ったのか明らかにしなければ、試算の妥当性を問うことができないが、評価書には記載が全くみられない。本地域においては公式の気象観測データが乏しいため、入手方法自体が疑問である。事業者による独自観測値や水力発電所等による非公式の観測データを環境影響評価の試算として使用するに当たっては、評価書に記載することが求められる。

   (カ)現況値が不自然である 
 「表8-2-4-5河川流量の予測結果」において、地点番号06大井川(田代ダム下流)における現況の解析流量は9.03㎥/sであると試算されている。いっぽう「8-2-1水質」の「表8-2-1-6現地調査結果」には現地で測定された流量が掲載されており、田代ダムより1.5qほど下流側の地点04においては、豊水時1.32㎥/s、低水時には1.20㎥/sであったとされている。水資源の調査地点06と水質の調査地点04との間で取水は行われておらず、またこの間では支流が流入するのにもかかわらず、1.5q流下する間に7.7㎥/sも減少することは不自然である。 したがって表8-2-4-5の解析流量は実際の流量を表すことができていないか、現地での測定方法が不適切であったかのどちらかであった可能性が高い。
 いずれにせよ、これでは8-2-1水質、8-2-4水資源ともに記載内容全般にわたって信頼性に乏しいと言わざるを得ない。

   (キ)観測流量と計算流量の比較について 
 「図6-1-3-2観測流量と計算流量の比較について」は、28地点について同一の相関図にまとめてあるため、場所によって再現性の違いが生じているのか、あるいは同一地点でも流量の大小によって再現性に違いが生じているのか全く不明である。
 同図からわかることは、観測流量の小さい場合では、観測流量に対する計算流量のばらつきが目立つようになることだけである。少なくとも0.1㎥/s未満の場合においては、相関関係がないように見受けられ、モデル式の再現性が悪くなると考えられる。なお、トンネルの工事に伴う流量の減少がより大きな影響を与えるのは、実際の流量が小さい場合である。より正確な予測が要求される場合に再現性が悪くなるのは問題である。

  (2)地質条件や破砕帯の位置が不明である  
 8-2-4-9ページにおいて、河川流量が減少すると予測されたことについて、トンネルが断層や破砕帯を横切る区間が存在することを大きな要因にあげている。しかしトンネルと断層や破砕帯との位置関係について、「地下水 図8-2-3-3」や「資料編 図6-1-2-2」からでは把握することができない。また、平面図が掲載されていないため、河川と断層・破砕帯との位置関係、および非常口(斜坑)と河川・断層・破砕帯との位置関係が不明 である。これらはトンネル工事により水環境に影響の及ぶ範囲をつかむための基本的な情報であるため、その記載がなければ評価書掲載内容や事後調査地点の妥当性を検証することが困難である。

  (3)環境保全措置が実効性に乏しい  
   (ア)山梨実験線と同じ環境保全措置では無意味である  
 河川流量を減少させないための環境保全措置として、表8-2-4-8(4)に「適切な構造及び工法の採用」、表8-2-4-8(6)「地下水等の監視」とがあげられ、いずれも効果の不確実性はないとしている。しかし資料編環6-3-1によれば、山梨実験線でのトンネル工事において、河川流量を減少させる可能性を予測しておきながら回避することができなかったとしており、施された環境保全措置が功を奏さなかったと思われる。したがってどちらについても、効果は不確実とすべきである。同時に、山梨実験線において環境保全措置が功を奏さなかった経緯について、詳しく説明すべきである。

   (イ)トンネルの工法について 
 河川流量が減少するという予測結果に対し、3-18ページや、8-2-4-13ページの記載において、トンネル工事にはNATMを採用し、覆工コンクリートや防水シート、場合によっては薬液注入を行うことから影響を小さくできるとしている。しかしNATMは現在の山岳トンネル建設における標準的な工法である。覆工コンクリートや防水シートはトンネルを構築するためには不可欠なものであり、薬液注入も一般的に採用されているものである。すなわち、一般的なトンネル建設に用いられる工法以外の特別な仕様はなされないことになる 。また、「表13-1(26) 国土交通大臣の意見と事業者の対応」においても、防水型トンネルの施工という提案に対し、山岳部では一般的でなく特殊な事例に限られるとし、否定的な見解を示している。
 しかし本事業は、建設費の試算段階において、通常9段階で区分されるトンネル地山等級に対し、南アルプス専用に2段階を上乗せしているなど()、もとより特殊な工事であることが前提である。特殊な工事において、大幅な流量減少が予測されていることに対し、通常の工法で対応するという見解には大いに疑問がある。

)平成22年11月12日第11回中央新幹線小委員会 配布資料 「中央新幹線の建設に要する費用に関する検証(主としてトンネル区間) 」  鉄道・運輸施設整備建設支援機構作成http://www.mlit.go.jp/policy/shingikai/tetsudo01_sg_000091.html 
による。
 トンネルの掘削のしやすさについて、鉄道分野においては掘削の容易なほうからXN、WN、VN、UN、TN、TS、TL、特S、特Lと9段階で区分している。九州新幹線の建設工事において、最難関であったトンネルは特S、特Lであったという。今回南アルプスについては、最上位に特SA、特LAという新たな等級を追加し、建設費試算の根拠としている。

   (ウ)工事期間中の流量減少への対策について  
 8-2-4-13ページにおいて、「先進坑が隣接工区と貫通するまでの間は、トンネル内に湧出した水を汲み上げて非常口から河川に戻すことから、河川流量は減少しない」としているが、非常口より上流側へは功を奏しないはず である。
 例えば表8-2-4-5の「地点01西俣」において0.56㎥/sの減少が予測されているが、地点01は標高1700m以上であり、本坑より600〜700mも高く、さらに西俣の非常口よりも4q以上も離れているため、トンネル湧水をくみ上げて川に戻すことは不可能である。
   (エ)流量減少が生じた場合の環境保全措置は実現不可能である 
 表8-2-4-8(9)において、環境保全措置として「水源の周辺地域においてその他の水源を確保する。他のトンネル工事においても実績があることから確実な効果が見込まれる」とし、効果の不確実性はなく、他の環境への影響もないとしているが、以下に述べるように誤りである。
代替水源を確保するための手段としては、「資料編 環6-3-2ページ」に示された山梨実験線建設工事における代替水源確保の事例や、「表6-3-1(15)知事意見への見解」の記述から、トンネル湧水の川への放流や井戸の設置を考案しているものと考えられる。
 本編の「表8-2-4-5河川流量の予測結果」では、田代川ダム貯水池以南の各予測地点において、(数値の妥当性自体を検証できないものの)約2㎥/sの流量減少が予測されている。大井川と早川との流域界直下におけるトンネルの標高は約980mである。一方、田代川ダム貯水池の水面標高は1360m前後であり、ここにトンネル湧水を戻すのであれば、400m近い標高差を常時2㎥/sで揚水せねばならない。そのためには、大井川から早川水系へ同程度の水量を常時導水して発電している田代川第二発電所の常時出力と同等かそれ以上のエネルギーが必要となり(注1)、水利用の観点から無意味である。また、大井川・早川流域界直下から導水トンネルを掘り、大井川本流へ自然流下させることも理論的には可能であるが、その場合、大井川の水面が標高950m程度となる畑薙湖まで20q程度の導水トンネルを掘らねばならない。この間において流量は回復しないこととなり、途中の発電所での水利用への影響はもとより生態系への影響は何ら緩和できない。余計な発生土も大量に生じてしまう(注2)。
 いっぽう、2㎥/sもの代替水源を横井戸等によって確保するのであれば、あらたに多数の沢の枯渇等を招き、生態系に悪影響を及ぼす可能性が高い。前述の「地点01西俣」についても同様である。
 よって、表8-2-4-8(9)に書かれた「水源の周辺地域においてその他の水源を確保する」という環境保全措置は実効性に乏しいうえ、他の環境への影響も大きい。なお、表8-2-4-8(9)は、実際に河川流量が減少した場合における唯一の環境保全措置である。これが実効性に乏しいことから、8-2-4-18ページにある「環境保全措置を確実に実施することから、水資源に係る環境影響の提言が図られている」とする評価結果も誤りである。

注1)ポンプを用いて揚水するための理論動力Pは、水の密度ρ×重力加速度g×吐出量Q×揚水する高さHで求められる。

P=ρ×g×Q×H

2㎥/sの吐出量で400mくみ上げることを想定し、
ρ=1000s/㎥、g=9.8ms^2、Q=2㎥/s、H=400m
をあてはめると、P=7840kwとなる。
 

 実際に必要な動力としては、さらにポンプ効率、伝動装置効率、原動機効率を除することによって求められる。ポンプの種類によってこれらの数値は異なるが、仮に合わせて0.7を除するとすれば11200kWとなる。このように、ポンプを稼動させるためには10000kw以上のエネルギーが必要になるものと思われる。
 いっぽう東京電力の田代川第二発電所では、田代川ダムから大井川の水を取水し、早川水系内河内川流域での取水と合わせて常時1.98㎥/sの水を500m落とし、8300kWの発電を行っている。このため、大井川の水を内河内川に導水して得られるエネルギーよりも、トンネルを伝わって内河内川に出ようとする水をくみ上げるのに要するエネルギーのほうが大きくなってしまう可能性が高い。言い換えれば、上記の仮定の場合、トンネル内への湧出量が1.4㎥/s程度より多くなると、ポンプくみ上げは無意味となる。
 なお、標高1550mの西俣非常口にまで高度差約600mを2㎥/sで汲み上げるのなら、理論動力は約11800kWとなり、ポンプを稼動させるためにはさらに大きなエネルギーが必要となる。
【参考】日本機械学会編集(1990) 機械工学便覧

注2)これだけで、畑薙第一ダムより上流側に中部電力が設けた、既存の発電用水路の総延長と同程度の距離になる。仮に断面を内径2mの円形とするなら、掘削断面の直径は2.3m程度、断面積は約4.2uとなる。長さ20000mなら容積は8.4万㎥となり、土量の変化率を考慮すると、発生土は10〜15万㎥になる。新たな発生土置場が必要となる量である。 

   (オ)流量減少を最小化する検討がなされていない 
 そもそも環境への影響を低減させるためには、回避・低減・代償の順に検討されるべきである。国土交通大臣意見においても河川流量への影響を低減させるために、水系の回避、適切な工法の採用、環境保全措置を検討すべきとされているが、本評価書においては、「水系の回避」が全く検討されていない。このため国土交通大臣意見に対して十分に答えていないとともに、河川流量減少を回避するための検討が十全になされていないと見受けられる。
 最も重要な環境保全措置は、技術的対応や事後対応ではなく、河川流量への影響を最小限に抑えられる立地場所を探すことにある。

  (4)事後調査について 
   (ア)着工前の流量観測について  
 「表10-1事後調査の項目」において、地下水位や河川流量について、トンネル工事に着手する前の1年間、観測をおこなうとしている。しかし1年間の調査だけでは、該当年の降水量および流量が平年値とかけ離れていたとしても、その観測値が「通常の値」として用いられることになる。その場合、仮にトンネル工事着工後に流量の変化が起きたとしても、トンネル工事によるものなのか通常の変動によるものなのか見定めがたい。
 大井川源流部には水力発電施設があって何十年間も観測を続けているのだから、電力会社から過去のデータを提供してもらい、流量変動の基礎データとすべきである。

   (イ)工事計画と事後調査との整合性 
 「表10-1事後調査の項目」において、地下水位や河川流量について、トンネル工事に着手する前の1年間、観測をおこなうとしている。しかし「表3-4-4工事実施期間」によると、2027年の開業を目指し、14年間の工事期間の1年目からトンネル工事に着手することになっている。このため、着工まで1年間の余裕をもって観測をおこなえるのか不明である。

  (5)工事で使用する水について 
   (ア)使用目的と大まかな使用量を予測すべき  
 表13-1(28)において、「沢や河川からの取水にあたっては、流量が取水量に対して豊富であり、水生生物に影響を及ぼすおそれがない」ことが確認できた場合に実施するとしている。したがって、取水する量はある程度予測が可能ということであるから、事業実施に当たって、どんな目的でどの程度の水を使うのか、渇水時には工事を中断するつもりであるのか、現段階で分かる範囲で予測を行うべきである。

   (イ)西俣における取水の影響について 
 本事業では西俣に非常口(斜坑)の設置が計画されていることから、西俣の表流水を取水するものと思われる。西俣ではその上流側で発電用水が取水されており、河川環境の維持放流量は0.12㎥/sである。途中で蛇抜沢等の支流が流入するので斜坑付近ではもう少し増えていると思われるが、本来の流量よりはかなり少ない状況にある。本事業による取水によってどの程度の影響が生じるのか、明らかにすべきである。


W 動物・植物・生態系 
 


 1.動物・植物共通
 
  (1)使用した地図が不適切  
 8-4-1動物および8-4-2植物の項目において、調査範囲や植生分布図等に5万分の一あるいは2万5千分の一地形図を基図として用いているが、これでは実スケールで50mないし25m未満のものは表現できず、調査地点の正確な位置、微地形などハビタットに関する情報などが判別できない。これでは影響が避けられるか否かの客観的判断ができない。本評価書には環境影響評価関連図として一万分の一の地図があるのだから、それを基図にした図を併用すべきである。

  (2)県境における調査について 
 扇沢源頭の発生土置場候補地は山梨県との境のわずか静岡県側に位置しており、調査範囲は山梨県側に及んでいる。ここに確認された動植物についての重要種の選定基準は、静岡県版評価書のものだけを採用され、山梨県版評価書のものは採用していない。また、この調査範囲について、山梨県版評価書には記載がない。そのため、たとえば山梨県ではレッドリストに掲載されていても静岡県では掲載されていない種が山梨県側の調査範囲に分布していた場合、静岡県の基準に従って重要でないと判断されてしまい、予測・評価および環境保全措置はとられないことになってしまう。
 神奈川県版および東京都版の評価書では、都県境に位置する調査区域においては両都県の基準を併用している(例えば神奈川県版評価書 表8-4-2-2)が、このような対応をすべきではないか。


 2.動物
  
  (1)林道東俣線における動物の調査について不明な点が多い  
 「資料編 動物 環8-4-1ページ」において、林道東俣線沿いにおける動物の調査をおこなっているが、鳥類の調査だけ行われておらず、その理由についても説明がない。表8-1-2-11より二軒小屋付近の林道東俣線における車両通行台数は1日最大478往復が想定されているが、工事用車両が大量に通行すれば、林道沿いに営巣している種に影響を与える可能性があるのではないか。特に猛きん類の場合は、巣が近傍になくとも行動圏にかかっていれば、繁殖に影響を及ぼしかねないが、これについても扱いが不明である(後述)。
 このため、「林道東俣線等の改修工事による動物に係る環境影響はない」とした資料編環8-4-12ページの評価結果については、根拠がない。

  (2)改変区域と確認位置の距離について 
 「表8-4-1-4 改変区域と確認位置との距離に関する定義」が掲げられ、この定義にしたがって各種動物に対する予測・評価がなされている。しかしここで掲げられた「改変される可能性のある区域の端から250m内外」という距離に、果たしてどれほどの意味があるのか不明である。仮に確認場所が改変される区域の端から300m程度であって「相当離れた場所」であっても、行動圏のごく小さな陸生貝類と、広大な行動圏を必要とする猛禽類とでは、意味合いは全く異なる。
 改変区域と確認位置との距離の遠近については、全ての種に対して同一の基準を当てはめるのではなく、各々の種の生活史や行動パターンに合わせて柔軟に変えるべきである。

  (3)猛禽類について 
   (ア)調査手法が不明である  
 生息地保護の観点から確認場所等の詳細な情報は開示する必要はないが、調査・予測手法の妥当性を検証するために、最低限、調査をおこなった範囲は示すべきである。 

   (イ)営巣の可能性について 
 ハイタカ、イヌワシについては繁殖に係る行動が確認されたが、営巣は確認されなかったとしている。しかし対象事業実施区域は非常に険しい地形であり、深い森林に覆われているため、営巣を確認することはもとより困難であると考えられる。予防原則の観点より、行動パターンから営巣の可能性の高いエリアを抽出し、営巣を前提とした適切な環境保全措置を講ずるべきではないか。
   (ウ)調査範囲と林道東俣線との関係  
 例えばクマタカについての予測結果「表8-4-1-35(11)」によれば、「Aペアについては、営巣は相当離れた地域で確認されており、行動圏及び高利用域の一部が改変の可能性のある場所と重なる」「工事の実施に伴い人の移動、車両の通行が増加するが、改変の可能性がある範囲と営巣エリアは相当程度離れていることから、本種の生息環境への影響は小さい」としている。ここでいう「改変の可能性のある範囲」とは、表8-4-1-8の定義によると、図8-4-1-1において点線で囲まれた狭い範囲に限定され、それらの場所同士をつなぐ林道東俣線沿いについては含まれていないものとみられる。
 本事業では、林道東俣線において大量の車両の通行が想定される。表8-1-2-11より二軒小屋付近での車両通行台数は1日最大478往復が想定されており、30秒間隔で大型車両が通行することになる。もしも林道東俣線の近傍が営巣エリアまたは行動圏・高利用域であった場合、大きな影響を与えるおそれがあるが、「表8-4-1-35(11)」の記載内容からでは、この懸念について検討しているのか定かでない。「表8-4-1-35(7)」におけるハイタカの調査結果、「表8-4-1-35(10)」におけるイヌワシの予測結果についても同じ疑問がある。
 このため、猛禽類に対する調査・予測結果および環境保全措置については、林道東俣線を行き交う工事用車両の影響を考慮しているのか評価書の記載内容からでは不明であるため、妥当性を検討することができない。
   (エ)記載内容からでは影響の有無について全く分からない 
 猛禽類は希少な動物であるから、その生息情報についての開示に慎重になることは理解できる。しかし、確認された場所と改変予定地との位置関係について、「相当離れた地域」という抽象的かつ主観的な表現では、影響の有無について検証することができない。改変予定地の特定をせずとも、改変予定地と確認場所との距離、行動圏に占める改変面積との関係等を示し、定量的な議論を行うことは可能になるのではないか。
   (オ)県境をまたいだ調査・予測・評価はどのようにおこなわれているのか 
 イヌワシの行動圏は数十ku(イヌワシ研究会の調査によると21〜118ku)と広大である。クマタカの行動圏も8〜48kuにおよぶとされる。いっぽう対象事業実施区域は山梨県境に近いため、県境をまたいで行動している個体がいるのではないか。
 イヌワシについては、静岡県内で1ペア、早川町で2ペア、クマタカについては静岡県内で2ペア、早川町内で少なくとも2ペアが確認されたとしている(山梨県版評価書表8-4-1-22(16))。イヌワシ・クマタカについては、静岡・山梨県境付近で少なくとも計7ペアが確認されたことになるが、それらが同一のペアなのか別のペアなのか、評価書の記載内容からは判断できない。このため予測・評価結果も、同一のペアに対して静岡と山梨とで異なる見解を下している可能性が否定できない。
 また、県境となっている稜線上(扇沢源頭)の静岡県側に発生土置場が想定されているが、これが山梨県側に生息している猛禽類に与える影響はどのように予測・評価されているのか全く分からない。
   (カ)営巣エリアからの工事成功ヤードに対する視認性について 
 対象事業実施区域周辺で営巣している可能性の高いイヌワシとクマタカAペアについて、工事を実施するうえで、直接的な改変、工事の実施に伴う騒音・振動、人や車両の通行による影響を予測した結果として、影響は小さいと結論付けている。しかし工事施工ヤード(発生土置場を含む)の出現と、そこにおける機械(重機)の稼働や車両の出入りする光景が、「相当離れた地域」に存在する営巣エリアから視認されれば、繁殖行動に大きな影響を与えることが懸念されるが、その可能性について何も触れておらず、予測手法として不十分であると考えられる。
   (キ)イヌワシにかかる環境保全措置について 
 日本イヌワシ研究会の調査報告によると、静岡県内において確認されたイヌワシのつがい数はわずか3組だけということである。このように数がごく少ないため、静岡県版レッドリストでは環境省版より上位の絶滅危惧TAに選定されている。現地で確認されたつがいが、静岡県内における3つがいのうちの一組なのか、新たに県境を越えて山梨・長野方面から移動してきたものなのか、評価書の記載内容からでは判断できないが、きわめて希少であることは間違いない。よって、その存続は絶対に守られなければならない。
 予測結果「表8-4-1-35(10)」では、工事によって生息環境の一部は保全されない可能性があるとしているが、現在の事業計画では保全されないのであれば、影響を回避できる事業計画に改めることが唯一の環境保全措置である。
  (4)両生類について 
   (ア)予測結果と環境保全措置との整合性がみられない  
 両生類は、繁殖地である川と非繁殖期の生活圏となる森林とを行き来する生活環をもっている。林道東俣線は大井川に沿って延びており、未舗装であるため、川と森林とを行き来する両生類が頻繁に横断しているものと考えられ、移動経路という生息環境の一部であるといえる。
 ところでサンショウウオ類については、移動経路にあたる林道におけるロードキルが、個体数減少の要因に挙げられている( )。表8-1-2-11より二軒小屋付近の林道東俣線における車両通行台数は1日478往復を想定しているが、これは1地点を30秒おきに車両が通過することになり、運動能力の乏しい両生類が無事に同林道を横断することは不可能となってしまう。これでは両生類各種に対し、個体数の大幅な減少を及ぼすおそれがある。
 この懸念は、「表8-4-1-43(1)」において重要な両生類へ事故対策として横断側溝の設置を採用するとした記述より、事業者も認識していると思われる。しかし両生類に対する予測結果「表8-4-1-37(1)〜(5)」では、各種に対し、生息環境である河川、たまり、落葉広葉樹林、針葉樹林は一部が改変されるものの、周辺に同質の環境が広く残されることから、生息環境が保存されると結論付けられている。工事用車両の通行によるロードキルおよび移動経路の遮断については全く言及されておらず、記載内容に整合性がみられない。このため生息環境が保全されるとした予測結果も不適切というべきではないか。
)静岡県(2004)『守りたい静岡県の野生動物 県版レッドデータブック 動物編-2004』  
   (イ)ロードキル対策が不十分ではないか 
 表8-4-1-44(3)と(7)では、環境保全措置として工事従事者への講習・指導や注意看板の設置によってロードキル対策が可能とされているが、体長10p内外の両生類を車上から視認して事故を回避することは不可能であり、有効性は疑わしい。また、必要に応じて横断側溝を設けるとしているが、「必要」という表記に具体性がない。サンショウウオ類の行動範囲は一般的に水辺から100〜300mとされているので、この行動範囲に合わせて横断側溝を設けるのなら、畑薙第一ダムから西俣坑口まで総延長40qの林道上に100か所程度は設けなければ効果が期待できないのではないか。少なくとも効果の不確実性はないとした見解は誤りである。
  (5)ヤマトイワナを含むイワナ類について 
   (ア)河川流量の減少による影響が考慮されていない   
 生態系8-4-3-46ページおよび8-4-3-48ページにおいて、鉄道施設(トンネルおよび非常口)の存在による影響として、一部の河川では流量が減少すると予測するが、周辺に同質のハビタットが広く分布することから縮小の程度は小さいと予測すると結論付けられている。しかし、河川の流量が減少する範囲について、本評価書においては何ら掲載されておらず、ハビタットの消失縮小の程度は小さいとする結論には根拠がない。
   (イ)河川環境の変化を考慮していない 
 また、鉄道施設の存在によりハビタットに質的変化を及ぼす要因は想定されないことから、ハビタットの質的変化は生じないとも記載されている。しかし、河川の流量が減少することは、生息地の縮小、夏の渇水期における水温の上昇、渇水期における河川の分断、底質の変化など、ハビタットの悪化すなわち質的変化を招くおそれがある。このような懸念について何ら言及がないし、現在の生息環境についての情報もなり。したがってハビタットの質的変化は生じないとする見解も根拠に乏しい。
   (ウ)河川流量減少時の環境保全措置が実効性に乏しい 
 生態系8-4-3-48ページの記述によれば、ヤマトイワナは相当上流部における生息情報があるとしている。いっぽう水資源の「表8-2-4-5 河川流量の予測結果」より、西俣取水堰上流側においても流量減少が生じると予測されていることから、ヤマトイワナの生息地である小西俣にまで影響を及ぼす可能性がある。小西俣は本線トンネルより700ⅿ以上も高所となるため、トンネル湧水をくみ上げて川に放流するという対策をとることは事実上不可能である。また、資料編8-3-10ページにおける現地調査では確認されていないものの、西俣支流の悪沢や蛇抜沢等にも生息の可能性がある。これらの沢についても、流量減少が生じた場合にトンネル湧水をポンプでくみ上げて放流することは不可能である。
 すなわち、ヤマトイワナの生息地である西俣上流部や西俣支流に流量減少が生じた場合、ハビタットを復元することは困難である。ハビタットが消失縮小した場合には回復不可能であるという観点からも、ハビタットの縮小の消失程度は小さいとする結論には根拠がない。
  (6)詳しい生態の不明な種について 
 たとえば「表8-4-1-34(5) ヒメホオヒゲコウモリについての予測結果」において、主な生息環境は一部が改変されるものの、周辺に同質の環境は広く残されることから、生息環境は保全されるとされている。しかし一般生態の欄には「冬眠することが知られているが、時期、場所等詳しいことは分かっていない」とされている。冬眠場所が判明していないのに生息環境が保全されるとは、どういうことであるのか意味不明である。
 このように、詳しい生態は不明と評価書に記載されている種について、環境保全措置として「生息地の全体又は一部を回避」するとし、効果の不確実性はないとしている(表8-4-1-44(1))が、論理的に誤った記載 である。効果については不確実性があるとし、そのうえで別の環境保全措置や追加調査あるいはモニタリング実施を検討すべきである。
  (7)現地で確認されなかった動物に対する予測・評価結果について 
   (ア)各種動物の生息条件を把握しているのか疑問である  
 8-4-1-87〜89ページにおいて、文献調査でのみ確認された58種の重要な動物には、モリアブラコウモリやヤマコウモリのように大木の樹洞をねぐらや繁殖場所とするため、その存在の欠かせない樹洞性コウモリ類、伏流水中で繁殖すると考えられるアカイシサンショウウオ、特定の植物のみを餌とする蝶類、浮石のある安定した渓相でなければ繁殖できないカジカ等、それぞれ異なった生息環境を必要とする種があげられている。
 必要とする生息環境も生活史も全く異なる多くの種に対し、ひとまとめにして「生息環境の一部が消失・縮小する可能性があるが、その程度は小さく、一般的な環境保全措置を実施すること、周辺に同質の生息環境が広く分布することから生息環境は確保される。したがって、事業の実施による影響の程度は小さく、重要な生息環境は保全されると予測する」という評価をすることは論理的に不可能なはずである。すなわち、生息環境は保全されると予測した具体的根拠があげられていない。
 よって、表8-4-1-44の環境保全措置についても実効性が疑わしく、動物に係る環境影響の回避又は低減が図られているとした8-4-1-97ページの評価結果も不適切である。
   (イ)移動能力や環境適応能力の乏しい種への環境保全措置について
 動物の表8-4-1-44(1)において、保全対象種全般に対し、重要な種の生息地の全体又は一部を回避するという環境保全措置があげられ、重要な種の生息環境への影響を回避又は低減できるとしている。しかし陸生貝類等、移動能力や環境適応能力の乏しい種のうち、文献調査でのみ確認された種については、生息の可能性のある場所を回避したとしても、効果を確認することは論理的に不可能なはずである。よって、効果の不確実性はないとした同表の見解も誤っていると思われる。
  (8)文献調査結果の信頼性について 
 動物についての文献調査において、どのような視点をもって、本地域に生息している可能性のある重要な動物を選定したのか不明である。たとえば「表8-4-18重要な昆虫類確認種一覧」にはガムシという種名が見られ、表8-4-1-32(2)では、現地確認されなかったが生息の可能性が高いとされている。しかし、文献資料に使われたと思われる『守りたい静岡県の野生動物 県版レッドデータブック 動物編-2004』では、本種の生息環境は平地や低山帯の水田や池沼、湿地であって、過去の確認例も平地や丘陵地にとどまっていると記載されていることから、常識的に考えて山岳地帯である対象事業実施区域に生息している可能性はきわめて低い。このように、各文献に記された種を機械的に羅列して重要種に選定したようにも見受けられ、各々の種の県内における分布状況や生息条件をきちんと把握しているのか疑わしい。

 3.植物
 
  (1)現地確認された重要な植物種リストが誤っている  
 「8-4-2植物 表8-4-2-8、表8-4-2-13、表8-4-2-15」によれば、文献調査及び現地調査により確認された重要な植物は540種であったとしている。表8-4-2-17(1)によれば、このうち29種が現地調査で確認されたとして、予測対象とされている。また、現地で確認されたなかった140種については表8-4-2-17(2)において予測対象とされている。しかし残る371種については、本評価書においてどのように扱われているのか不明である。少なくとも環境影響評価の対象とはされていない。
 特に以下の73種の植物種については、資料編の「表9-1-1-2 高等植物確認種一覧」においては現地で確認されていると記載されているのにも関わらず、本編の「表8-4-2-8 高等植物に係る重要な種確認一覧」においては現地で確認されていないことになっている。これでは「8-4-2 植物」全般の記載内容は大幅に誤っていると言わざるを得ない。情報を整理し、8-4-2の記載内容について全面的に修正する必要がある。

ヒメスギラン、ヒモカズラ、ヤマハナワラビ、クモノスシダ、ウサギシダ、ミヤマウラボシ、シナノナデシコ、レイジンソウ、ホソバトリカブト、ミヤマハンショウヅル、ミヤマカラマツ、シナノオトギリ、オサバグサ、ミヤマハタザオ、ミヤマタネツケバナ、ミヤママンネングサ、トガスグリ、ダイモンジソウ、クロクモソウ、シモツケソウ、モリイチゴ、イワキンバイ、ミネザクラ、イワシモツケ、イワオウギ、ウスバスミレ、ヒメアカバナ、ゴゼンタチバナ、ヤマイワカガミ、イワカガミ、ウメガサソウ、シャクジョウソウ、ギンリョウソウ、コバノイチヤクソウ、ベニバナイチヤクソウ、ジンヨウイチヤクソウ、サラサドウダン、ウスギヨウラク、ウラジロヨウラク、アズマシャクナゲ、ミツバツツジ、サツキ、トウゴクミツバツツジ、リンドウ、ツルアリドオシ、トモエシオガマ、クガイソウ、イワタバコ、キンレイカ、ヤマホタルブクロ、タニギキョウ、タカネコンギク、カニコウモリ、ミネウスユキソウ、マルバダケブキ、カイタカラコウ、アカイシコウゾリナ、ツバメオモト、イワギボウシ、コオニユリ、クルマユリ、クルマバツクバネソウ、タマガワホトトギス、エンレイソウ、シロバナエンレイソウ、ミヤマヌカボ、コイチヨウラン、エゾスズラン、オニノヤガラ、ミヤマウズラ、ミヤマモジズリ、タカネフタバラン、コケイラン

  (2)重要な植物の選定基準について統一すべきである 
 評価書本編の表8-4-2-2 では、高等植物に係る重要な種の選定基準として、「I国立公園特別地域内指定植物図鑑―関東・中部(山岳)編―に掲載されている種」もあげられている。いっぽう資料編の「表9-4-1-2 林道東俣線における重要な植物種の選定基準」、同じく資料編の「表 9-2-2-1山岳トンネル区間の沢において確認された高等植物に係る重要な種の選定基準」においては、どちらもこの基準は用いられていない。現地調査の対象となった対象事業実施区域、林道東俣線、山岳トンネル区間の沢は、いずれも南アルプス国立公園に近接している地理的条件は同様であるため、合理的な理由がない限り、同じ選定基準を用いるべきである。
  (3)奥大井県立自然公園特別地域内指定種を保全対象とすべきである 
 発生土置場候補地および林道東俣線の一部が、奥大井県立自然公園に含まれている。奥大井県立自然公園においては、静岡県立自然公園条例第19条に基づき損傷・採取を禁じている植物種がある。これらの種は、県立公園の風致を保つうえで重要であるために採取・損傷が禁じられているものであり、工事による影響を受ける可能性があるため、重要種に選定して調査・予測・評価を行い、必要に応じて環境保全措置を講じるべきである。神奈川県版評価書の表8-4-2-9においては、県立大山丹沢自然公園内で採取・損傷の禁じられている種を重要種に選定し、環境影響評価の対象としていることから、本県においても同様の対応をとることは不可能でないはずである。
 なお、以下に資料編表9-1-1-1において現地で確認されたとする植物種のうち、これに該当する種を掲げる(表8-4-2-8において別要件により重要種に選定されている種を除く)。
ヤマヒメワラビ、マンサク、ギンバイソウ、コマガタケスグリ、ウスバスミレ、エイザンスミレ、ヒナスミレ、ハリブキ、アキノギンリョウソウ(ギンリョウソウモドキ)、タチガシワ、セキヤノアキチョウジ、コウシンヤマハッカ、カイタカラコウ、メタカラコウ、ギンラン、ササバギンラン、ジガバチソウ、クモキリソウ  
 (4)現地確認された植物種のリストについての疑問  
 資料編「表9-1-1-2(1)高等植物確認種一覧」によると、現地においてシシガシラ科ミヤマシシガシラを確認したとされている。しかし『倉田悟・中池敬之編(1987)「日本のシダ植物図鑑5」東京大学出版会』によると、これまで同種の分布が確認されたのは本州日本海側の多雪山地に限定されており、静岡県および南アルプスを含む本州太平洋側での分布は確認されていない。
 また、資料編「表9-1-1-2(2)高等植物確認種一覧」によると、現地においてヤナギ科シライヤナギを確認したとされている。しかし『佐竹義輔ほか編(1989)「日本の野生植物 木本編1」平凡社』によると、本種の分布は関東地方西部から東北地方南部に限定するとされている。
 両種とも、『静岡県環境森林部自然保護室(2005)「静岡県野生生物目録」静岡県』によると、2005年時点において、静岡県内における分布報告はない。万一静岡県内に分布していることが確認されれば隔離分布とみなせる。そのため貴重な存在であるとみなせるため、専門家による精査を受けるべきである。特にシライヤナギについては世界の分布南限地の発見となる可能性があるため、厳密な調査が必要 である。
 このほか、アカネ科のクルマバソウとヤマノイモ科のウチワドコロについても、2005年時点において静岡県内における分布報告はないため、同様に精査を受けるべきである。
 (5)現地確認されていない植物種の環境保全措置についての疑問 
 「表8-4-2-22(1)」において、保全対象種全般に対し、重要な種の生息地の全体又は一部を回避するという環境保全措置があげられ、重要な種の生育環境への影響を回避又は低減できるとしている。しかし、全体又は一部を回避することは、自ら移動することのできない植物に対しては生育地を確認してはじめて効果がでるものであり、文献調査でのみ確認された種(8-4-2-50ページ)について実施することは不可能である。よって、効果の不確実性はないとした同表の見解は不適切であり、環境影響の回避又は低減が図られていると評価した8-4-2-57ページの記述も誤っている。
  (6)植生の調査・予測について 
   (ア)調査地点が不明  
 コドラート調査をおこなった地点と結果を図示すべきである。長野県版評価書では調査地点が1万分の一地形図で図示され、植生調査票も掲載されているのであるから、本県でも同様の対応をとるべきである。
   (イ)植物群落別に改変予定面積を示すべき 
 「表8-4-2-10(10) 高等植物に係る群落及び土地利用の概要」および「図8-4-2-2 植生図」に、植生の調査結果が記載されているが、単に植生の分布状況が示されているだけで、何の目的で掲載されたのか不明である。一般に環境影響評価においては、植生図をもとに、対象事業実施区域内で各々の植物群落の占める面積、植生自然度、植物群落・植生自然度別の改変面積等を調査し、当該地域の自然環境を把握するとともに、生態系の予測・評価の基礎情報とするものである。このような作業を行わねば、当該地域の環境を把握できたとは言い難いし、生態系に係る予測・評価の妥当性も疑われる(後述)。
  (7)林道東俣線における植物の調査手法に対する疑問  
 資料編の「9-4 林道東俣線等における植物調査」では、任意確認という調査方法で現地確認された重要種だけを予測・評価の対象にするという手法がとられている。しかしこのような手法では、現地確認されなかった植物種については予測・評価がなされないことになってしまう。 距離20qの両側50mという長大な調査範囲に対し、調査期間はのべ13日であることから、調査されていない部分のほうが大きいと思われる。表9-4-3-1に示された22種の他にも、確認されていない重要な植物種が多数生育しているのではないか。そのような種に対する環境保全措置が全く検討されておらず、影響が懸念される。
  (8)林道東俣線の改修による重要な植物への影響が不明である 
 「資料編 環9-4-4ページ」において、 林道東俣線等の改修の影響により重要な植物の生育環境が改変される程度についての予測がなされ、重要な種の生育環境の改変は行わず、周辺には予測対象種の生育環境が広く残されることから生育環境は保全されるという結果がなされている。しかし、改変の規模が不明であるうえ、現地調査における重要な植物種の確認箇所と林道東俣線との位置関係についての情報が記載されておらず、生息環境の改変は行わないとした根拠が示されていない。そのため、生育環境は保全されるとした結果についても根拠がないと判断せざるを得ない。
  (9)外来種植物の侵入対策が不十分である 
 林道東俣線を10年以上にわたり大量の工事用車両が通行すれば、外来種植物が大量に侵入・繁茂し、重要な植物の生育に影響を及ぼすおそれがある。これについて表8-4-2-22(7)では、資材及び機械の運搬に用いる車両のタイヤの洗浄をおこない、外来種植物の種子の侵入を防止できるとしている。参考事例として資料編に、9-6-1タイヤ洗浄装置による外来種の拡大抑制についての報告があるが、その内容は外来種の種子が付着した泥を落とすことに成功したという内容にとどまっており、侵入例をどの程度削減できたのかという検証はなされていない。
 そもそもタイヤの洗浄だけでは、車体や積荷(資材、機械、セメント骨材等)に付着して侵入するケースに対応できず、環境保全措置として不十分であると考えられる。

 4.生態系
 
  (1)全体の論理展開が不適切である 
   (ア)注目種等が少なすぎる  
 静岡県内における対象事業実施区域は、南北約30km、標高差1000mもの範囲に及び、図4-2-1-7や図4-2-1-8からも明らかな通り、多様な地質・地形要素を含み、大井川とその支流が水系を形成している。また標高差が1000mにも及ぶため、最低地点と最高地点とで6℃程度の気温差があるとみられる。地形・地質要素や気候条件は、動物・植物の分布や生活史を決定付ける最も基本的な条件であり、対象事業実施区域内に限っても変化が大きいため、それぞれの環境要素に応じた多様な生物種が生息し、複雑な生態系が形成されているとみられる。
いっぽう評価書においては、複雑であるはずの生態系が「山地の生態系」としてただ9種に代表されることになっている。しかし多様な地形・地質要素と気候条件の差異が無視されることについて何ら言及がなく、そのような考え方が可能だとする見解も示されていない。このため8-4-3生態系は、全体の構成が非科学的になってしまっており、直接的に改変されない植物群落が予測対象にあがるなと非常に問題が多い。
   (イ)論理展開が恣意的ではないか 
 「生態系 表8-4-3-4 地域を特徴づける生態系の状況」では、生息・生育基盤として7種類に分類しており、このうち、調査区域内で最も広大な面積を占める落葉広葉樹林を代表的な植生とみなし、「生態系 表8-4-3-6 注目種等の選定とその理由」において、落葉広葉樹林のなかで最も占有面積の大きなミヤコザサ−ミズナラ群集と、そこを生活の場とする動物を、注目種等にあげている。そしてそれらについて予測・評価をおこない、生息エリアを改変する割合は小さいことから影響は小さいという評価結果が導かれている。
 「生態系 表8-4-3-4」でいう調査区域とは、経変する可能性のある地域の周辺を含めた区域であり、元来改変する可能性のない、より広い範囲を含んでいる。そこを予測・評価対象にすることにより、実際に改変される区域の生態系は、評価対象から外されてしまっている。たとえば「生態系 表8-4-3-6 注目種等の選定」では、落葉広葉樹林の代表としてミヤコザサ−ミズナラ群集が注目種に選定されているが、「植物 表8-4-2-2 植生図」によれば、確かに調査範囲内全体でのミヤコザサ−ミズナラ群集の占有率は大きいものの、実際に改変される範囲内での占有率は明らかに低い。いっぽうで、改変される範囲内で実際に占有率の高い亜高山針葉樹林(扇沢源頭)や川辺林(燕沢付近)は、注目種から外されている。
 通常の環境影響評価では、生育・生息基盤の分類作業において、改変される範囲内における植物群落別の占有率を求め、適切な予測・評価対象種を選定する。この作業を行ってないのは、直接的な影響を受ける種や植生を評価対象から外すためではないかという疑問がある
  (2)適切な種・植物群落が予測対象にされていない 
   (ア)燕沢付近における河川空間の植生が予測・評価対象となっていない
 本事業では燕沢付近の河原に大規模な発生土置場が計画されており、工事が実行された場合、一帯の生態系が直接的な影響を受ける。
 燕沢付近には、標高1300m級の山岳地域にもかかわらず活発な土砂の供給によって広い河原が生じており、このような環境は全国的に見ても珍しい。河原の生態系は、頻繁な洪水・土砂の活発な移動・貧土壌・強い日射・乾燥といった条件に適応した植物が一次生産者となることに特徴がある。また、土砂の移動形態や水分条件に応じて様々なタイプの川辺林(山地河畔林や渓畔林)が形成されている。この一帯に生育する植物には、我が国の分布南限となるドロノキ、オオバヤナギ等、分布上の観点からも重要なものが多い。
 しかし「表8-4-3-6注目種等の選定とその理由」においては、このような広い河川空間の生態系に着目した種や植物群落が選ばれていない。「典型的な植生」として選ばれたミヤコザサ−ミズナラ群集については、「図8-4-2-2 植生図」から明白なように燕沢付近の発生土置場候補地とはほとんど関係がないうえ、そもそも河原に成立する群集ではない。ここで改変を受ける可能性の高い植物群落は、図8-4-2-2から判断すると、オオバヤナギ−ドロノキ群集、ミドリユキザサ−ダケカンバ群集、ヤマハンノキ群集、ジュウモンジシダ−サワグルミ群集、フジアザミ−ヤマホタルブクロ群集等である。
 このように、燕沢付近の河川空間における植生に対して適切な調査・予測・評価が行われておらず、記載内容は不適切である。
   (イ)河原を生活空間とする動物が予測対象となっていない
 前項で触れたように、燕沢付近に発生土置場の設置することにより、河原に生育する動植物が直接的・間接的に影響を受けるものとみられる。ところが「表8-4-3-6 注目種の選定とその理由」には、河原を生活の場とする種が選定されていない。直接的な影響を受ける種が選定されていないことから、記載内容は不十分である。
   (ウ)川と陸とを利用する種が予測対象となっていない
 現地調査で確認された種には、川と陸地の両方に依存した生活を送る種が多数あげられている。鳥類のヤマセミ、アカショウビン、オシドリ、両生類各種、水生昆虫等である。こうした種の存続には、河川と周囲の森林・草原との両方が良好に保全され、かつ、その連続性が妨げられないことが重要である。ところが、このような生活環をもつ種は、表8-4-3-6において注目種等にあげられていない。上位種として挙げられたホンドキツネやクマタカは、確かに河川空間も生活環境の一部として利用していると思われるが、河川空間に依存する種とは言い難い。カワネズミについても、主要な生息場所は広い河原をもつ河川ではなく渓流であり、同地の生態系を代表するとは言い難い。したがって、この点でも対象事業実施区域の生態系について、適切な予測・評価および環境保全措置の考案がなされているとは言い難い。同地における生態系を評価するためには、河川と陸地の両方に強く依存する種を選定すべきである。
   (エ)亜高山針葉樹林の生態系が予測・評価対象となっていない
 本事業においては、扇沢源頭の標高2000m前後の稜線上に発生土置場の設置が計画されている。ここの植生は、「図8-4-2-2 植生図」ではシラビソ−オオシラビソ群集に分類されている。これは寒冷な気候条件の山岳地帯に成立する亜高山針葉樹林の代表的な植生である。発生土置場の設置によって影響を受けるのは、この植生とそれに基盤を持つ動植物各種である。
 ところが、「表8-4-3-6注目種等の選定とその理由」においては、亜高山針葉樹林に典型的な動植物および植生は選ばれていない。上位種として挙げられたホンドキツネやクマタカは、亜高山帯も生活環境の一部として利用していると思われるが、行動範囲の広い動物であることから、亜高山帯の生態系を代表する種とは言い難い。典型的な植生として選ばれたミヤコザサ−ミズナラ群集については、図8-4-2-2植生図によると扇沢付近での分布は確認されず、同地とは全く関係のないものである。
 よって、扇沢付近の亜高山針葉樹林の生態系に対して、本評価書では適切な調査・予測・評価がなされておらず、記載内容は不適切である。
   (オ)植生区分についての認識が根本的に誤っている 
 植物群集としては、ミヤコザサ−ミズナラ群集だけが注目種に選定され、予測・評価対象となっている。
いっぽう植生区分は自然環境保全基礎調査()に基づいたとしているが、この調査では様々な群落を植生区分・大区分・中区分・小区分という4つの段階で区分している。ミヤコザサ−ミズナラ群集はブナクラスの太平洋型落葉広葉樹林に含まれる一方、オオバヤナギ−ドロノキ群集はブナクラスの川辺林に含まれ、大区分の段階で異なる。ミドリユキザサ−ダケカンバ群団とシラビソ−オオシラビソ群集はコケモモ−トウヒクラスに含まれ、植物群落区分体系上の最上級単位であるクラスの段階から異なるものである。したがって本評価書においては、学術上、大きな相違のある群集をひとまとめにしてミヤコザサ−ミズナラ群集に代表させて環境影響評価の対象としているのであり、科学的に疑問のある手法といわざるを得ない。
)自然環境保全基礎調査 情報提供ページhttp://www.vegetation.biodic.go.jp/legend.html 

  (3)繁殖の可能性のある猛禽類はすべて上位種に選定すべき 
 猛禽類はいずれも生態系の上位種であるが、それぞれ狩りの対象や狩場が異なるなど、生態系における位置づけは異なる。動物の調査結果から判断すると、対象事業実施区域の内外で繁殖している可能性の高い猛禽類としてはハイタカ、イヌワシ、クマタカ、フクロウがあげられるが、このうち注目種等に選定されたのはクマタカ一種である。ところがクマタカの必要とする環境と、他の猛禽類が必要とする環境とは必ずしも一致しないと思われる(それぞれ、捕食対象となる動物の種類は異なる)。また、生態系の項目で上位種を選定するのは、その種が存続してゆける環境を保全することによって、その環境が内包する多くの動植物を保全してゆこうとする概念によるものである。ところが森林内を狩場とするクマタカと、開けた環境を狩場とするイヌワシの行動圏が重なるとは考えにくく、クマタカのみを保全対象としてイヌワシの生息環境が守られるとは限らない。
 このように、上位種の猛禽類としてクマタカのみを選定するのでは不十分であり、猛禽類についてはいずれも予測・評価の対象とすべきである。

  (4)土砂の移動形態の変化による影響を考慮すべき 
 燕沢付近では、大井川の河原を閉塞するように大規模な発生土置場の設置が計画されている。一帯は土砂の移動が活発であるため、川幅が狭められた場合、下流側へ流下する土砂の量や移動形態が変化し、生態系に影響を及ぼす可能性がある。また、逆に上流側では土砂の堆積や河川水の伏流により、植生の変化や魚類の生息環境の悪化など、やはり生態系に影響を及ぼすおそれがある。このような点について調査・予測すべきである。

X 人と自然との触れ合い活動の場について
 


 1.人と自然との触れ合い活動の場の選定について
 
表8-5-2-2(1)と(2)によれば、二軒小屋ロッヂおよび椹島ロッヂの利用の形態について、主に登山、周辺散策、釣り客の利用があるとされている。このうち登山客や周辺散策客が利用する登山道や林道については、登山ルートや林道東俣線を調査地点として選んでいるが、釣り客の利用が想定される渓流釣り場については、調査地点が選ばれていない。したがって現地の利用実態に合った調査地点が適切に選ばれていないのではないか。


 2.騒音の予測結果との関係について
 
 二軒小屋・椹島両ロッヂについては、表8-5-2-2(1)と(2)において、「人と自然とのふれあい活動の場」に選定され、テント泊施設があると記載されている。いっぽう、騒音8-1-2-12ページにおいて、地点04(二軒小屋ロッヂ)、地点05(椹島ロッヂ)については建物位置での予測及び評価をおこない、8-1-2-23ページにおいて、環境基準を下回るため目標との整合性が図られるとしている。テント内外において人が受ける騒音は、建物位置で受ける騒音とは違った値を示す可能性があるため、この予測及び評価は不十分ではないのか。
 また、両地点は人里離れた人工音の皆無な場所であることを前提として利用がなされている。このため、わずかな人工音でも騒音として不快性を与える可能性がある。8-5-2-15ページにおいては、工事用車両の通行が快適性に与える影響について、視認性という観点のみで予測及び評価が行われているが、騒音が与える影響についても考慮したうえで予測・評価すべきである。少なくとも、「騒音8-1-2-22ページ」のように、市街地での環境基準を当てはめる評価では不十分である。

 3.予測・評価結果の問題
 
  (1)林道東俣線  
   (ア)歩行者への影響の検討が不十分  
 「表8-5-2-2(11)〜(14)」によれば、登山拠点となる椹島ロッヂや幡場儀第一ダムと、南アルプスへの登山口とを行き来する登山客は、林道東俣線を1〜2時間かけて徒歩で移動していることになっている。このように各登山口への重要な歩行ルートとなる林道東俣線において、工事用車両が大量に通行することから、歩行者に対する影響が懸念される。
「騒音 表8-1-2-11」によれば、林道東俣線の地点5(椹島ロッヂ付近)においては、工事用車両の発生集中交通量が1日あたり片道332台となっている。作業時間を1日8時間と考えると、歩行者は同林道を1時間歩く間に、83台の大型車両とすれ違うことになる。 林道東俣線は谷に面して狭隘であるため、頻繁に至近距離で粉じん、騒音、排気ガスを浴びせざるを得ず、歩行者に不快感や恐怖感を与える可能性があるうえ、交通事故の危険性もある。
 しかし冒頭の各地点における予測結果「表8-5-2-3(11)〜(14)」においては、登山道部分およびアクセスルートの改変はないため利便性・到達時間・到達距離の変化はなく、利用者が視認する景観への影響も小さいとしている。しかし、工事用車両の通行が歩行者に対して直接的に与える影響という観点からの予測がなされておらず、予測手法および評価結果は不十分である。
 いっぽう、「表8-5-2-2(15)」では調査地点として林道東俣線が選定されているが、「利用の状況」欄には「一般車両の通行はできないが徒歩では通行できる。また、(中略)送迎バスが運行されている」とだけ記載されており、南アルプス登山における重要な歩行ルートの一部という認識がなされているのか不明である。また、予測結果である表8-5-2-3(15)においても、椹島ロッヂや畑薙第一ダムから各登山口における区間にかかる言及がない。「必要により安全な歩行ルートを確保する」としているが、どの場所をさすのかも不明である。
 以上のように、大量の工事用車両が通行することにより、林道東俣線上を徒歩で移動する登山者に対して大きな影響を与えるおそれがあるのにもかかわらず、本評価書においては適切な調査・予測・評価がなされておらず、適切な環境保全措置も考案されていない。このため、環境影響の回避又は低減が図られているとする8-5-2-31ページの評価結果は不適切である。
   (イ)評価結果への疑問 
 前項と重なるが、工事用車両が二軒小屋付近で最大478往復、椹島付近で332往復する計画である。現状(表8-1-2-9)と比較して数十倍に増えてしまう。
 このような事態が想定されていることに対し、表8-5-2-3(15)では、「林道に利用者が視認する景観の変化は小さいため、快適性の変化は小さいとする」と予測している。しかしこの予測結果には何ら具体性がなく、きわめて主観的である。作業時間を1日8時間と仮定すれば、二軒小屋付近では約30秒間隔、椹島付近でも約43秒間隔で大型車両が通行することになるが、一般車両の通行が禁止されている現状と比較すると、利用者の視認性は大きく変化すると予測すべきである。
  (2)二軒小屋ロッヂ 
 表8-5-2-3(1)では、「本事業では配車計画を適切に行うことで…車両を局所的に集中させないことから、利用者が視認する景観の変化は小さいため、快適性の変化は小さい」と予測されている。
しかし、工事計画が不明である現段階では、この予測結果については不適切ではないか。
 二軒小屋の北側では、本坑の掘削前に、西俣の非常口(斜坑)と2本の工事用道路トンネルの建設が計画されている。扇沢源頭に計画されている道路トンネルが完成するまでの数年間は、これら3本のトンネル(総延長8〜9q)から掘り出された発生土は、すべてダンプカーに載せられ、二軒小屋を通って南側の発生土置場へ向かうことになる。このため数年の間は、二軒小屋に工事用車両が集中するはずである。また、扇沢源頭の発生土置場については、そもそも立地条件の妥当性が疑わしく、これを回避した場合、二軒小屋を通過する車両は数倍に増えることになる。
  (3)椹島ロッヂ 
 椹島ロッヂにおける影響予測結果を示した表8-5-2-3(2)において、「ロッヂから車両の運行ルートは約600m離れていることから視認性は低く、快適性の変化は小さいと予測する」とされている。しかし椹島ロッヂは林道東俣線に隣接しており、本評価書においても 例えば騒音に関する資料編の「図2-1-7(2)」によれば、林道からロッヂまでの距離は150m内外と明記してあることから、この記述内容は誤りではないのか。

Y 景観  


 1.知事意見を満たしていない
 
  (1)燕沢付近の発生土置場について  
 燕沢付近の発生土置場候補地は、林道東俣線上から視界に入る可能性が高い。井川から二軒小屋ロッヂに向かう登山者は、必然的に目の当たりにしてしまうのではないか。このため「表6-3-1(27)準備書に対する知事意見においても、同林道からの景観に与える影響をフォトモンタージュにより予測するよう求められている。しかし同地に対する予測図は2q以上離れた千枚岳方面登山道から遠望したものしか掲載されておらず、知事意見を満たしていない。

  (2)予測時期について 
 工事中の景観をフォトモンタージュで予測するよう、知事意見で求められている。しかしこれに対する見解は景観に配慮するというものだけであり、予測がなされていない。


Z 発生土について  
 


 1.意味不明な環境保全措置
 
 「表8-6-1-3(2) 環境保全措置の内容」において、発生土を本事業内あるいは他の公共事業で再利用することによって副産物の量を低減でき、効果の不確実性も他の環境への影響もないとしている。しかし静岡県内では再利用の見込みもないまま南アルプス山中に恒久的な「発生土置場候補地」が7ヵ所選定され、環境への影響が予見されるために環境影響評価の対象となっていることを考えると、意味不明な記述である(再利用するつもりなら必要なのは仮置場だけである)。


 2.発生土置場における環境保全上の問題
 
  (1)発生土置場における植生回復の目標が検討されていない  
 評価書の随所に、発生土置場に盛土をおこなった後は急速に緑化をおこなう、現状復旧を目指す、としているが、どのような植生をどのように復元するのか、それは実現可能なのか、他の環境負荷(農薬・肥料の使用による水質汚染等)は生じないのか、といった具体的な検討が全く書かれておらず、本当に実現する意向があるのか疑問である。なお、標高2000m級の稜線に大量のズリ(トンネル掘削によって生じた岩の破片)を積み上げ、亜高山帯の自然植生を復元した事例など存在しないのではないか。

  (2)失われる環境の代償措置が検討されていない 
 燕沢付近の発生土置場候補地については、砂利採取地跡地だけでは容量不足とみられ、周辺の山地河畔林(ドロノキ−オオバヤナギ群集主体)にまで用地を広げざるを得ない可能性がある。山地河畔林は、前述の通り、寒冷で土砂の移動な河川沿いという特殊な環境に生育する植生であり、そこに生活する動物にも特殊なものが多く、盛土の上に生態系を復活させることは不可能である。このため代償措置が求められるが、評価書においては何ら検討がみられない。


[ ユネスコエコパークに求められる機能と事業計画との整合性を検証していない
   


 1.緩衝地域に与える影響を検証していない 

 南アルプスの高山帯は核心地域に指定されている。その高山帯の環境は、ライチョウや高山植物の数が急激に減少するなど、近年急激に悪化しているが、その原因として、本来、山腹・山麓で生活していた動物が高山帯へ進出するようになり、ライチョウを捕食する回数が増えたり、高山植物を採餌するようになったことが要因である。
 対象事業実施区域は、ユネスコエコパーク緩衝地域や核心地域に囲まれた地域である。特に西俣の工事ヤード(非常口=斜坑)は、緩衝地域までは1〜2q、千枚岳〜悪沢岳の高山帯すなわち核心地域までも直線距離にして3q程度の位置にある。このため、この工事ヤード付近に生息していた動物が、工事による騒音や人・工事用車両の出入りを避け、行動圏を尾根側つまり緩衝地域に移すことは考えられないだろうか。例えば「生態系 図8-4-3-7 予測対象範囲のホンドキツネのハビタット図」によれば、繁殖可能エリアとして標高2700m前後の悪沢岳北東のカール底が含まれている。ホンドギツネの主要な繁殖地がここに移れば、核心地域(高山帯)を主要な行動圏とし、ライチョウを捕食する機会が増すことが想定される。ホンドギツネだけでなく、イヌワシをはじめとする猛禽類各種、オコジョ、テンなどについても同様の懸念があるし、シカやニホンザルの群れを尾根側に追いやることにより、核心地域(高山帯)での食害を深刻化させる懸念もある。
 また、扇沢源頭の発生土置場候補地については、早川町側の緩衝地域との境界であり、そこでの開発行為はより直接的に緩衝地域内に及ぶ可能性が高い。
 緩衝地域は、核心地域への影響を緩衝するために設けられるのであり、移行地域には緩衝地域を支援する機能が求められる。したがって、移行地域といえでも緩衝地域に隣接した場所で行われる開発行為については、それが緩衝地域および核心地域に対してどのような影響を与えるかを検証する必要がある。しかし資料編事7-1ページでは、対象事業による地表部の改変は全て移行地域内であると強調しているだけである。これでは、移行地域に求められる機能を正しく理解していないのではないかという疑念が生じる


 2.自然環境と調和せず持続可能な発展とも言えない
  

 移行地域で行われる開発行為には、「自然環境の保全と調和した持続可能な発展のためのモデルとなる取組の推進」が求められる。しかし本事業でおこなわれる開発行為は、自然環境と調和して持続可能といえるものとは言えないのではないか。
 例えば、トンネルの建設によって大井川の流量が大幅に減少する懸念がある。大鹿村側の小河内沢についても同様の懸念がある。万一、これが現実のものとなった場合には対策が求められるが、その場合には人工的な動力源を設置し、数百〜数千kw単位のエネルギーを用いて、永久にトンネル湧水をくみ上げ続けなければならない。これでは全く持続不可能である。その他に考えられうる方法も、前述の通り、自然と調和しているとは言い難い。
 また、大量の発生土を燕沢付近の大井川の河原に積み上げれば、現在そこで起きている「洪水や土石流の発生による植生の破壊・復活・遷移」という自然の営みは永久に失われてしまう。自然環境と調和しているとは言えない行為である。
 さらに、工事に伴って大量の車両が通行すれば、ユネスコエコパークの利用そのものが困難になってしまう(これは静岡市だけでなく大鹿村側での懸念がより強い)。
 評価書資料編の事7-1ページには、「工事の実施段階には、できる限り本事業とユネスコエコパーク計画との整合を図る予定であり、移行地域に求められる機能を阻害しないように計画できる」ものとしているが、予見される数多くの懸念について持続可能性や自然との調和という観点からの検証が全くなされておらず、根拠のない願望に他ならない。


 3.管理計画策定への参加を要請すべき
 

 「資料編 事7-1ページ」には、「工事の実施段階には静岡市と情報交換に努め、できる限り本事業とユネスコエコパーク計画との整合を図る予定であり」と書かれている。しかし本事業は十数年間に及ぶ大工事であり、環境負荷という面だけに限らず、物理的あるいは経済的な事業規模の面でも、ユネスコエコパーク内における最大の事業となる。情報交換と事業者の自主努力で整合性を図るのでは不十分であり、ユネスコエコパーク管理計画の一環に本事業を含めるべきであろう。そのため事業者であるJR東海に対し、管理計画の策定に参加するよう要請すべきである。


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